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詩経 / 小雅・魚藻之什・都人士

《都人士》,周人刺衣服無常也。古者長民,衣服不貳,從容有常,以齊其民,則民德歸壹。傷今不復見古人也。 彼都人士,狐裘黃黃。其容不改,出言有章。行歸于周,萬民所望。 彼都人士,臺笠緇撮。彼君子女,綢直如髮。我不見兮,我心不說。 彼都人士,充耳琇實。彼君子女,謂之尹、吉。我不見兮,我心苑結。 彼都人士,垂帶而厲。彼君子女,卷髮如蠆。我不見兮,言從之邁。 匪伊垂之,帶則有餘。匪伊卷之,髮則有旟。我不見兮,云何盱矣!

新字:《都人士》,周人刺衣服無常也。古者長民,衣服不貳,従容有常,以斉其民,則民徳帰壱。傷今不復見古人也。 彼都人士,狐裘黄黄。其容不改,出言有章。行帰于周,万民所望。 彼都人士,台笠緇撮。彼君子女,綢直如髪。我不見兮,我心不説。 彼都人士,充耳琇実。彼君子女,謂之尹、吉。我不見兮,我心苑結。 彼都人士,垂帯而厲。彼君子女,巻髪如蠆。我不見兮,言従之邁。 匪伊垂之,帯則有余。匪伊巻之,髪則有旟。我不見兮,云何盱矣!

書き下し

都人士(とじんし)は、周人衣服の常無きを刺るなり。古(いにしえ)民に長たる者は、衣服貳(たが)わず、従容(しょうよう)常有り、以て其の民を斉(ととの)うれば、則ち民の徳壱(いつ)に帰す。今復た古人を見ざるを傷むなり。 彼の都の人士、狐裘(こきゅう)黄黄(こうこう)たり。其の容改まらず、言を出だせば章有り。行きて周に帰すれば、万民の望む所。 彼の都の人士、台笠(たいりゅう)に緇撮(しさつ)。彼の君子の女(むすめ)、綢直(ちゅうちょく)なること髪の如し。我見ず、我が心説(よろこ)ばず。 彼の都の人士、充耳(じゅうじ)は琇実(しゅうじつ)。彼の君子の女、これを尹(いん)・吉(きつ)と謂う。我見ず、我が心苑結(うつけつ)す。 彼の都の人士、帯を垂れて厲(れい)たり。彼の君子の女、巻髪(けんぱつ)蠆(たい)の如し。我見ず、言(ここ)にこれに従いて邁(ゆ)かん。 伊(こ)れこれを垂るるに匪(あら)ず、帯則ち余り有り。伊れこれを巻くに匪ず、髪則ち旟(よ)有り。我見ず、云何(いかん)ぞ盱(なげ)かん。

現代語訳

「都人士」の詩は、周の人々が、身なりに定まった法がなくなったことをそしったものである。昔、民の上に立つ者は、衣服がいつも変わらず、立ち居ふるまいに一定の型があり、それによって民をととのえたので、民の徳は一つにまとまった。今はもうそのような昔の人を見ることができないのを悲しんだのである。 あの都の紳士は、狐の皮衣が黄色く輝く。その姿はいつも変わらず、口を開けば言葉に筋目がある。周の都へ帰って行けば、万民が仰ぎ見る人だった。 あの都の紳士は、菅の笠に黒い布の髪包み。あの貴い家の娘は、髪そのもののようにまっすぐで慎み深い。今はもう見ることができない、私の心は晴れない。 あの都の紳士は、耳飾りに美しい玉石。あの貴い家の娘は、尹氏や吉氏の名家の娘と呼ばれた。今はもう見ることができない、私の心はふさぎ結ぼれる。 あの都の紳士は、帯を長く垂らしていた。あの貴い家の娘は、巻いた髪がさそりの尾のように上がっていた。今はもう見ることができない、あの人たちについて行きたい。 わざと垂らしたのではない、帯がおのずと長く余っていたのだ。わざと巻いたのではない、髪がおのずと旗のように反り上がっていたのだ。今はもう見ることができない、なんとため息の出ることか。

解説

かつての都の紳士と良家の娘の、飾らないが品のある身なりを思い出し、もう見られないことを嘆く詩である。狐の皮衣、菅の笠、玉の耳飾り、長く垂れた帯、自然に巻いた髪と、細部が一つずつ愛惜をこめて描かれる。終章の、わざと垂らしたのでも巻いたのでもなく、おのずとそうだった、という言い方に、作為のない品格への憧れがこもる。毛詩序は、民の上に立つ者の衣服と挙措が一定であれば民の徳もそろうという考えから、衣服の常が失われた今をそしる詩と読んだ。朱熹『詩集伝』は、乱の後に人々が都の人物の盛んな姿を見られなくなったことを嘆いた詩とする。第一章は『礼記』緇衣篇に引かれ、衣服と言葉が変わらないことが民の信頼を生むという文脈で用いられている。装いは人柄の表れであり、変わらぬ姿は周りに安心を与えるのである。

この章句が説くこと

詩経衣服礼都懐古

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