詩経 / 小雅・甫田之什・大田
《大田》,刺幽王也。言矜寡不能自存焉。 大田多稼,既種既戒,既備乃事。以我覃耜,俶載南畝。播厥百穀,既庭且碩,曾孫是若。 既方既皁,既堅既好,不稂不莠。去其螟螣,及其蟊賊,無害我田穉。田祖有神,秉畀炎火。 有渰萋萋,興雨祁祁,雨我公田,遂及我私。彼有不穫穉,此有不斂穧;彼有遺秉,此有滯穗,伊寡婦之利。 曾孫來止,以其婦子,饁彼南畝,田畯至喜。來方禋祀,以其騂黑,與其黍稷。以享以祀,以介景福。
新字:《大田》,刺幽王也。言矜寡不能自存焉。 大田多稼,既種既戒,既備乃事。以我覃耜,俶載南畝。播厥百穀,既庭且碩,曽孫是若。 既方既皁,既堅既好,不稂不莠。去其螟螣,及其蟊賊,無害我田穉。田祖有神,秉畀炎火。 有渰萋萋,興雨祁祁,雨我公田,遂及我私。彼有不穫穉,此有不斂穧;彼有遺秉,此有滞穂,伊寡婦之利。 曽孫来止,以其婦子,饁彼南畝,田畯至喜。来方禋祀,以其騂黒,与其黍稷。以享以祀,以介景福。
書き下し
大田(だいでん)は、幽王を刺るなり。矜寡(きんか)自ら存すること能わざるを言う。 大田稼(か)多し、既に種(たね)え既に戒(そな)え、既に備えて乃ち事とす。我が覃耜(えんし)を以て、俶(はじ)めて南畝に載(こと)す。厥(そ)の百穀を播(ま)けば、既に庭(なお)く且つ碩(おお)いなり、曾孫是れ若(したが)う。 既に方(ふさ)ぎ既に皁(み)のり、既に堅く既に好(よ)く、稂(ろう)あらず莠(ゆう)あらず。其の螟螣(めいとく)と、其の蟊賊(ぼうぞく)とを去りて、我が田の穉(ち)を害すること無し。田祖神有り、秉(と)りて炎火に畀(あた)う。 渰(えん)たる有りて萋萋(せいせい)たり、雨を興すこと祁祁(きき)たり。我が公田に雨ふり、遂に我が私に及ぶ。彼に穫(か)らざる穉有り、此に斂(おさ)めざる穧(せい)有り。彼に遺秉(いへい)有り、此に滞穂(たいすい)有り、伊(こ)れ寡婦の利なり。 曾孫来り止まり、其の婦子を以いて、彼の南畝に饁し、田畯至りて喜ぶ。来り方し禋祀(いんし)す、其の騂黒(せいこく)を以てし、其の黍稷と与(とも)にす。以て享し以て祀り、以て景福を介いにす。
現代語訳
「大田」の詩は、幽王をそしったものである。夫を亡くした女や身寄りのない者が、自分の力では生きていけなくなったことを言う。 広い田にはたくさんの作物を植える。種を選び、道具を整え、準備がすっかりできてから仕事にかかる。鋭い鋤(すき)を手に、はじめて南向きの畑を起こす。さまざまな穀物の種をまけば、まっすぐに大きく育ち、曾孫(当主)の思いにかなう。 穂が出そろって実を結び、固くよく実って、はぐさも雑草も混じらない。茎や葉を食う虫も、根や節を食う虫も取り除いて、わが田の若い苗を損なわせない。田の神には霊験があり、害虫をつかみ取って燃えさかる火に投げ入れてくださる。 雨雲がむくむくと湧き上がり、雨がしとしとと降り注ぐ。まずわが公田に雨が降り、やがてわが私田にも及ぶ。あちらには刈り残された若い稲があり、こちらには取り込まれずに残った束がある。あちらには置き忘れられた一握りの稲があり、こちらには落ちこぼれた穂がある。それは寡婦が拾って暮らしの足しにするためのものだ。 曾孫がやって来て、妻や子どもを連れ、南の畑に弁当を届けてねぎらい、田の監督役がやって来て喜ぶ。四方の神を祀り、心をこめて祭りを行う。赤毛の牛と黒毛の牛を、黍や稷とともに供える。それを捧げて祀り、大いなる福を授かるのである。
解説
この章句が説くこと
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