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詩経 / 小雅・節南山之什・正月二

瞻彼阪田,有菀其特。天之扤我,如不我克。彼求我則,如不我得。執我仇仇,亦不我力。 心之憂矣,如或結之。今茲之正,胡然厲矣?燎之方揚,寧或滅之?赫赫宗周,褒姒烕之! 終其永懷,又窘陰雨。其車既載,乃棄爾輔。載輸爾載,將伯助予! 無棄爾輔,員于爾輻。屢顧爾僕,不輸爾載。終逾絕險,曾是不意! 魚在于沼,亦匪克樂。潛雖伏矣,亦孔之炤。憂心慘慘,念國之為虐。 彼有旨酒,又有嘉殽。洽比其鄰,昏姻孔云。念我獨兮,憂心慇慇。 佌佌彼有屋,蔌蔌方有穀。民今之無祿,天夭是椓。哿矣富人,哀此惸獨!

新字:瞻彼阪田,有菀其特。天之扤我,如不我克。彼求我則,如不我得。執我仇仇,亦不我力。 心之憂矣,如或結之。今茲之正,胡然厲矣?燎之方揚,寧或滅之?赫赫宗周,褒姒烕之! 終其永懐,又窘陰雨。其車既載,乃棄爾輔。載輸爾載,将伯助予! 無棄爾輔,員于爾輻。屡顧爾僕,不輸爾載。終逾絶険,曽是不意! 魚在于沼,亦匪克楽。潜雖伏矣,亦孔之炤。憂心惨惨,念国之為虐。 彼有旨酒,又有嘉殽。洽比其鄰,昏姻孔云。念我独兮,憂心慇慇。 佌佌彼有屋,蔌蔌方有穀。民今之無禄,天夭是椓。哿矣富人,哀此惸独!

書き下し

彼の阪田(はんでん)を瞻(み)れば、菀(うつ)たる有り其の特(とく)。天の我を扤(うご)かす、我に克(か)たざるが如し。彼我を求めて則(のり)とするや、我を得ざるが如し。我を執ること仇仇(きゅうきゅう)たるも、亦我を力(つと)めしめず。 心の憂い、或いは之を結ぶが如し。今茲(こんじ)の正、胡(なん)ぞ然く厲(はげ)しき。燎(りょう)の方(まさ)に揚がる、寧(なん)ぞ或いは之を滅せん。赫赫(かくかく)たる宗周、褒姒(ほうじ)之を烕(ほろ)ぼす。 終(つね)に其れ永く懐(うれ)う、又陰雨に窘(くる)しむ。其の車既に載す、乃ち爾(なんじ)の輔(ほ)を棄つ。爾の載(に)を輸(お)とす、伯に将(こ)う予を助けよと。 爾の輔を棄つること無く、爾の輻(ふく)に員(くわ)えよ。屢々(しばしば)爾の僕を顧みれば、爾の載を輸とさず。終に絶険を逾(こ)えん、曾(すなわ)ち是れ意(おも)わざるや。 魚沼に在り、亦克く楽しむに匪(あら)ず。潜みて伏すと雖も、亦孔(はなは)だ之れ炤(あきら)かなり。憂心惨惨(さんさん)たり、国の虐を為すを念う。 彼に旨酒(ししゅ)有り、又嘉殽(かこう)有り。其の鄰(となり)と洽比(こうひ)し、昏姻孔だ云(めぐ)る。我が独りなるを念い、憂心慇慇(いんいん)たり。 佌佌(しし)たる彼屋有り、蔌蔌(そくそく)たる方に穀有り。民今の禄無き、天夭(てんよう)是れ椓(う)つ。哿(か)なるかな富人、哀しいかな此の惸独(けいどく)。

現代語訳

あの坂の田を見ると、一本だけ生い茂る苗がある。天がわたしを揺り動かすさまは、わたしに勝てないのを恐れるかのように激しい。かつて王がわたしを求めて手本にしようとしたときは、わたしを得られないのを恐れるかのようだった。ところが、わたしを手に入れてからはぞんざいに扱い、わたしに力を尽くさせようともしない。 心の憂いは、何かで固く結ばれたかのようにほどけない。いまの政は、どうしてこうも苛烈なのか。燃え上がる野火を、誰か消し止められる者があろうか。輝かしい周の都を、褒姒(ほうじ)が滅ぼしてしまった。 いつまでも長く憂え続けているのに、そのうえ長雨にまで苦しめられる。車にはもう荷を積んだのに、車の添え木を取り外してしまった。そうして荷を落としてから、「兄さん、手伝ってくれ」と頼むことになる。 車の添え木を捨てずに、車輪の輻(や)を補強せよ。たびたび御者を気にかけてやれば、荷を落とすこともない。そうすれば最後にはどんな険しい道も越えられる、それをなぜ思わないのか。 魚は池の中にいても、楽しむことはできない。深く潜んで身を伏せていても、その姿ははっきり見えてしまう。憂いの心は深く痛む、国が民をしいたげていることを思って。 あの者たちにはうまい酒があり、そのうえごちそうもある。隣近所と親しく付き合い、姻戚の間を盛んに行き来する。自分ひとりだけが孤立していると思うと、憂いの心は痛みやまない。 ちっぽけな者どもにも家があり、卑しい者どもにも俸禄がある。それなのにいまの民には幸いがなく、天の災いに打ちのめされている。富める者はまだよい、哀れなのはこの身寄りのない孤独な人々である。

解説

正月の後半七章で、政の苛烈さ、国の滅びへの恐れ、孤立する自分と富み栄える者たちとの対比が歌われる。燃え上がる野火は誰にも消せないように、盛んな周の都を褒姒が滅ぼした、と言い切る一句は、この詩が西周の滅亡を目の前にしたか、その直後に作られたことを思わせる。車の添え木を外して荷を落としてから助けを求める、というたとえは、忠臣を退けておきながら危機に慌てる王への痛烈な批判である。毛詩序は大夫が幽王を刺った詩とし、朱熹『詩集伝』も同じ筋で読む。第十一章の「潜みて伏すと雖も、亦孔だ之れ炤かなり」は『中庸』に引かれ、人に見えない所でも心は隠せないという慎独の教えに用いられた。結びの「哿なるかな富人、哀しいかな此の惸独」は『孟子』梁恵王下に引かれ、文王の仁政はまず身寄りのない者から始めたと説かれる。

この章句が説くこと

詩経幽王褒姒孟子中庸

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