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詩経 / 小雅・節南山之什・正月一

《正月》,大夫刺幽王也。 正月繁霜,我心憂傷。民之訛言,亦孔之將。念我獨兮,憂心京京。哀我小心,癙憂以痒。 父母生我,胡俾我瘉?不自我先,不自我後。好言自口,莠言自口。憂心愈愈,是以有侮。 憂心惸惸,念我無祿。民之無辜,並其臣僕。哀我人斯,于何從祿?瞻烏爰止,于誰之屋? 瞻彼中林,侯薪侯蒸。民今方殆,視天夢夢。既克有定,靡人弗勝。有皇上帝,伊誰云憎? 謂山蓋卑,為岡為陵。民之訛言,寧莫之懲。召彼故老,訊之占夢。具曰予聖,誰知烏之雌雄? 謂天蓋高?不敢不局。謂地蓋厚?不敢不蹐。維號斯言,有倫有脊。哀今之人,胡為虺蜴?

新字:《正月》,大夫刺幽王也。 正月繁霜,我心憂傷。民之訛言,亦孔之将。念我独兮,憂心京京。哀我小心,癙憂以痒。 父母生我,胡俾我瘉?不自我先,不自我後。好言自口,莠言自口。憂心愈愈,是以有侮。 憂心惸惸,念我無禄。民之無辜,並其臣僕。哀我人斯,于何従禄?瞻烏爰止,于誰之屋? 瞻彼中林,侯薪侯蒸。民今方殆,視天夢夢。既克有定,靡人弗勝。有皇上帝,伊誰云憎? 謂山蓋卑,為岡為陵。民之訛言,寧莫之懲。召彼故老,訊之占夢。具曰予聖,誰知烏之雌雄? 謂天蓋高?不敢不局。謂地蓋厚?不敢不蹐。維号斯言,有倫有脊。哀今之人,胡為虺蜴?

書き下し

正月は、大夫幽王を刺(そし)るなり。 正月繁霜(はんそう)あり、我が心憂傷す。民の訛言(かげん)、亦孔(はなは)だ之れ将(おお)いなり。我が独りなるを念い、憂心京京(けいけい)たり。哀しいかな我が小心、癙憂(しょゆう)して以て痒(や)む。 父母我を生む、胡(なん)ぞ我をして瘉(や)ましむる。我より先んぜず、我より後れず。好言も口よりし、莠言(ゆうげん)も口よりす。憂心愈愈(ゆゆ)たり、是を以て侮(あなど)り有り。 憂心惸惸(けいけい)たり、我が禄無きを念う。民の辜(つみ)無き、並びに其れ臣僕たり。哀しいかな我が人、何(いず)くに于いて禄に従わん。烏(からす)の爰(ここ)に止まるを瞻(み)る、誰の屋に于いてせん。 彼の中林を瞻れば、侯(こ)れ薪(しん)侯れ蒸(じょう)。民今方(まさ)に殆(あや)うし、天を視るに夢夢(ぼうぼう)たり。既に克(よ)く定まること有らば、人として勝たざる靡(な)し。有皇(ゆうこう)たる上帝、伊(こ)れ誰をか云(ここ)に憎む。 山を蓋(けだ)し卑しと謂う、岡と為り陵と為る。民の訛言、寧(なん)ぞ之を懲らす莫き。彼の故老を召し、之を占夢に訊(と)う。具(とも)に予(われ)は聖なりと曰う、誰か烏の雌雄を知らん。 天を蓋し高しと謂うも、敢えて局(せぐくま)らずんばあらず。地を蓋し厚しと謂うも、敢えて蹐(ぬきあし)せずんばあらず。維れ斯の言を号(さけ)ぶ、倫(すじ)有り脊(すじ)有り。哀しいかな今の人、胡為(なんす)れぞ虺蜴(きえき)なる。

現代語訳

「正月」の詩は、大夫が周の幽王をそしったものである。 正月(夏の暦の四月)なのに霜がしきりに降り、わたしの心は憂い傷む。民の間の偽りの噂は、ますます大きくなっている。自分ひとりだけがこれを憂えていると思うと、憂いの心は果てしない。哀れなわたしの小さな心は、心配が募って病んでしまった。 父母はわたしを生んだのに、どうしてこんな苦しみを味わわせるのか。わたしより先の世でもなく、わたしより後の世でもなく、ちょうどわたしの世にこの乱れが起きた。よい言葉も口から出るし、悪い言葉も口から出る。憂いの心はますます深まり、そのためにかえって侮られる。 憂いの心は寄る辺なく、わたしに幸いの無いことを思う。罪の無い民までが、みな奴隷の身に落とされる。哀れなわれらは、どこに幸いを求めればよいのか。からすがとまるのを見よ、いったい誰の家の屋根にとまるのだろう。 あの林の中を見ると、太い薪と細い柴ばかり。民はいま危うい状態にあるのに、天を仰いでもぼんやりとして定まらない。天がいったん心を定めれば、打ち勝てない人などいないはずだ。偉大なる上帝は、いったい誰を憎んでいるのか。 山が低いなどと言うが、実際は岡となり丘となってそびえている。民の間の偽りの噂を、どうして誰も戒めないのか。あの長老たちを呼び寄せ、夢占いの官に尋ねてみても、みな「自分こそ賢い」と言うばかり。誰にからすの雌と雄が見分けられよう。 天は高いと言うけれど、身をかがめずにはいられない。地は厚いと言うけれど、抜き足差し足で歩かずにはいられない。こう叫ぶこの言葉には、筋道があり道理がある。哀れな今の人々は、どうしてとかげやまむしのように人を害するのか。

解説

周の幽王の時代の大夫が、季節外れの霜、広がる偽りの噂、罪なき民の苦しみを前に、ひとり憂える心を綴った長篇の前半六章である。父母はなぜ自分をこの乱世に生んだのかと嘆き、誰の家にからすがとまるのか、つまり民は誰を頼ればよいのかと問う。長老も夢占いの官も「自分こそ賢い」と言うばかりで、からすの雌雄のように真偽の見分けがつかない。毛詩序は大夫が幽王を刺った詩とし、朱熹『詩集伝』も同じ筋で読む。第六章の、天は高いのに身をかがめ、地は厚いのに抜き足で歩くという句から、「局天蹐地」という成語が生まれ、身の置き所がなく恐れ慎むさまを言う。誰もが自分こそ正しいと言い、真偽が見分けにくい時代の息苦しさは、今の世にも響くものがある。

この章句が説くこと

詩経幽王憂国噂局天蹐地

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