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詩経 / 周頌・清廟之什・維天之命

《維天之命》,大平告文王也。 維天之命,於穆不已。於乎不顯,文王之德之純。假以溢我,我其收之。駿惠我文王,曾孫篤之。

新字:《維天之命》,大平告文王也。 維天之命,於穆不已。於乎不顕,文王之徳之純。仮以溢我,我其収之。駿恵我文王,曽孫篤之。

書き下し

維天之命(いてんしめい)は、大平(たいへい)を文王に告ぐるなり。( 維(こ)れ天の命、於(ああ)穆(ぼく)として已(や)まず。於乎(ああ)不(おお)いに顕(あきら)かならずや、文王の徳の純なる。仮(か)して以て我に溢(あふ)る、我其れこれを収めん。駿(おお)いに我が文王に恵(したが)い、曾孫これを篤くせん。

現代語訳

「維天之命」の詩は、天下が太平になったことを文王に告げたものである。 この天の命は、ああ、奥深く静かに働いてやむことがない。ああ、なんと明らかではないか、文王の徳の純粋さは。その恵みはあふれてわれらに及ぶ、われらはそれを受け止めよう。大いにわが文王の道に従い、子孫はこれをさらに厚く守っていこう。

解説

天下が治まったことを文王の霊に告げる周頌の短い歌である。天の命がとどまることなく働き続けるように、文王の徳もまた純粋で途切れることがない、と天と文王を重ねてたたえ、その恵みを受けた子孫がそれを守り継ぐと誓う。毛詩序の説く場面と詩の内容はよく合っている。この詩の冒頭は『中庸』に引かれ、「維れ天の命、於穆として已まず」は天が天である所以を、「於乎不いに顕かならずや、文王の徳の純なる」は文王が文である所以を言うもので、純もまた已まない、と解かれた。誠は止むことがない、という中庸の思想の拠りどころとなった句である。一度の立派な行いより、止まずに続けることの方が徳の本質に近いという見方は、日々の積み重ねを重んじる考えに通じる。

この章句が説くこと

詩経祭祀文王中庸天命

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