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詩経 / 商頌・烈祖

《烈祖》,祀中宗也。 嗟嗟烈祖。有秩斯祜,申錫無疆,及爾斯所。既載清酤,賚我思成。亦有和羹,既戒既平。鬷假無言,時靡有爭。綏我眉壽,黃耇無疆。約軝錯衡,八鸞鶬鶬。以假以享,我受命溥將。自天降康,豐年穰穰。來假來饗,降福無疆。顧予烝嘗,湯孫之將。

新字:《烈祖》,祀中宗也。 嗟嗟烈祖。有秩斯祜,申錫無疆,及爾斯所。既載清酤,賚我思成。亦有和羹,既戒既平。鬷仮無言,時靡有争。綏我眉寿,黄耇無疆。約軝錯衡,八鸞鶬鶬。以仮以享,我受命溥将。自天降康,豊年穰穰。来仮来饗,降福無疆。顧予烝嘗,湯孫之将。

書き下し

烈祖(れっそ)は、中宗を祀るなり。 嗟嗟(ああ)烈祖、秩(つね)たる有り斯の祜(さいわい)、申(かさ)ねて錫(たま)うこと疆(かぎ)り無く、爾の斯の所に及ぶ。既に清酤(せいこ)を載(の)せ、我に思成を賚(たま)う。亦和羹(わこう)有り、既に戒(ととの)い既に平らかなり。鬷(あつ)まり仮(いた)りて言無く、時(こ)れ争い有る靡し。我に眉寿を綏(たま)い、黄耇(こうこう)疆り無し。約軝(やくき)錯衡(さくこう)、八鸞(はちらん)鶬鶬(そうそう)たり。以て仮(いた)り以て享(まつ)る、我命を受くること溥(ひろ)く将(おお)いなり。天より康(やすき)を降し、豊年穣穣(じょうじょう)たり。来り仮り来り饗(う)け、福を降すこと疆り無し。予(わ)が烝嘗を顧みよ、湯孫の将(すす)むるなり。

現代語訳

「烈祖」の詩は、殷の中宗(太戊)を祀ったものである。 ああ、輝かしい祖先よ、変わらず続くこの幸いを、重ねて限りなく賜り、あなたの子孫のいるこの地にまで及ぼしてくださる。澄んだ酒を供えれば、祖先の霊が来られてわれらの願いを成してくださる。また味の調った吸い物もあり、準備はすっかり整い、味わいはほどよく平らかである。人々は集まって神のもとに至り、言葉を発することもなく、争うこともない。われらに長寿を賜り、老いてなお限りなく生きさせてくださる。革を巻いた車軸の端、模様を施した横木、八つの鈴はしゃんしゃんと鳴る。こうして来ては祀り、われらが天命を受けたことは広く大きい。天から安らぎが降り、豊かな年の実りはおびただしい。祖先の霊よ、来てこれを受けたまえ、限りなく福を降したまえ。どうかわが秋冬の祭りを顧みたまえ、湯王の子孫が供えるものを。

解説

殷の祖先を祀る商頌の歌で、毛詩序は中興の王・中宗(太戊)を祀る詩とする。澄んだ酒と味の調った吸い物を供え、人々が集まって静かに神を迎え、車の鈴が鳴るなかで長寿と豊年を願う。前篇「那」と同じく、「予が烝嘗を顧みよ、湯孫の将むるなり」の句で結ばれている。「鬷まり仮りて言無く、時れ争い有る靡し」は、『中庸』の末章に「奏仮して言無く、時れ争い有る靡し」の形で引かれ、君子は賞さなくても民が勧み、怒らなくても民が畏れる、という徳の力の説明に用いられた。祭りの場に集まった人々が、言葉を交わさずとも争わずに一つになる。その静けさこそが、徳によって治まった状態の象徴とされたのである。多くを語らなくても人が和する場の力について考えさせる句である。

この章句が説くこと

詩経商頌中庸祭祀和

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