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詩経 / 大雅・文王之什・皇矣二

帝謂文王,無然畔援,無然歆羨,誕先登于岸。密人不恭,敢距大邦,侵阮徂共。王赫斯怒,爰整其旅,以按徂旅。以篤于周祜,以對于天下。 依其在京,侵自阮疆。陟我高岡,無矢我陵,我陵我阿。無飲我泉,我泉我池。度其鮮原,居岐之陽,在渭之將。萬邦之方,下民之王。 帝謂文王,予懷明德。不大聲以色,不長夏以革。不識不知,順帝之則。帝謂文王,詢爾仇方。同爾兄弟,以爾鉤援。與爾臨衝,以伐崇墉。 臨衝閑閑,崇墉言言。執訊連連,攸馘安安。是類是禡,是致是附,四方以無侮。臨衝茀茀,崇墉仡仡。是伐是肆,是絕是忽,四方以無拂。

新字:帝謂文王,無然畔援,無然歆羨,誕先登于岸。密人不恭,敢距大邦,侵阮徂共。王赫斯怒,爰整其旅,以按徂旅。以篤于周祜,以対于天下。 依其在京,侵自阮疆。陟我高岡,無矢我陵,我陵我阿。無飲我泉,我泉我池。度其鮮原,居岐之陽,在渭之将。万邦之方,下民之王。 帝謂文王,予懐明徳。不大声以色,不長夏以革。不識不知,順帝之則。帝謂文王,詢爾仇方。同爾兄弟,以爾鉤援。与爾臨衝,以伐崇墉。 臨衝閑閑,崇墉言言。執訊連連,攸馘安安。是類是禡,是致是附,四方以無侮。臨衝茀茀,崇墉仡仡。是伐是肆,是絶是忽,四方以無払。

書き下し

帝文王に謂う、然(しか)く畔援(はんえん)すること無かれ、然く歆羨(きんせん)すること無かれ、誕(おお)いに先ず岸に登れと。密人恭しからず、敢えて大邦に距(こば)み、阮(げん)を侵し共(きょう)に徂(ゆ)く。王赫(かく)として斯(こ)れ怒り、爰(ここ)に其の旅を整え、以て徂旅(そりょ)を按(とど)む。以て周の祜(さいわい)を篤くし、以て天下に対(こた)う。 依(い)として其れ京に在り、阮の疆(さかい)より侵す。我が高岡に陟(のぼ)る、我が陵に矢(つら)ぬる無かれ、我が陵我が阿(おか)なり。我が泉を飲む無かれ、我が泉我が池なり。其の鮮原(せんげん)を度(はか)り、岐の陽(みなみ)に居り、渭(い)の将(ほとり)に在り。万邦の方(のり)、下民の王。 帝文王に謂う、予(われ)明徳を懐(おも)う。声と色とを大にせず、夏(か)と革とを長とせず。識らず知らず、帝の則に順うと。帝文王に謂う、爾(なんじ)の仇方(きゅうほう)に詢(はか)れ。爾の兄弟と同じくし、爾の鉤援(こうえん)と、爾の臨衝(りんしょう)とを以て、以て崇墉(すうよう)を伐てと。 臨衝閑閑(かんかん)たり、崇墉言言(げんげん)たり。執訊(しつじん)連連たり、攸馘(ゆうかく)安安たり。是れ類(るい)し是れ禡(ば)し、是れ致し是れ附(つ)け、四方以て侮ること無し。臨衝茀茀(ふつふつ)たり、崇墉仡仡(きつきつ)たり。是れ伐ち是れ肆(ころ)し、是れ絶ち是れ忽(ほろ)ぼし、四方以て拂(もと)ること無し。

現代語訳

天帝は文王に告げた、「あれこれと他に頼って心を迷わせるな、むやみに人のものを欲しがるな、まず自ら大いに正しい道の岸に登れ」と。密(みつ)の国の人々は不遜にも、大国の周に逆らい、阮(げん)の国を侵して共(きょう)の地にまで攻め込んだ。文王は赫然(かくぜん)として怒り、そこで軍勢を整え、攻め寄せる敵の軍勢を押しとどめた。こうして周の幸いを厚くし、天下の人々の望みにこたえた。 文王の軍は堂々と都にあり、阮の国境から出撃した。わが高い丘に登った敵に言う、わが丘に陣を張るな、これはわが丘、わが山の隈(くま)である。わが泉の水を飲むな、これはわが泉、わが池である。文王はよい平原を見定め、岐山の南に住まい、渭水のほとりに都した。文王こそは万国の手本、下界の民の王である。 天帝は文王に告げた、「私は明らかな徳を思う。声や顔色を荒らげて人を従わせることはせず、鞭や刑罰を重んじることもしない。自ら知らず知らずのうちに、天帝の法則に従っている」と。天帝は文王に告げた、「あなたの敵となっている国のことをよく考えよ。あなたの兄弟の国々と心を合わせ、あなたの鉤(かぎ)ばしごと、あなたの櫓車(やぐらぐるま)・衝車(しょうしゃ)とをもって、崇(すう)の国の城壁を攻めよ」と。 櫓車や衝車はゆっくりと進み、崇の城壁は高々とそびえる。捕らえた者を次々と連れ帰り、討ち取った敵の耳を落ち着いて数える。出陣の前には天を祭り、陣地では軍神を祭り、降った者を招き寄せ、なつけて従わせたので、四方の国々は周を侮らなくなった。櫓車や衝車は勢いよく進み、崇の城壁は高くそびえる。攻め、討ち、その国を絶ち、滅ぼしたので、四方の国々は周に逆らわなくなった。

解説

皇矣の後半で、天帝が文王に直接語りかける形をとり、密の国を討ち、崇の国を攻め落とすまでを描く。天帝はまず、他に頼るな、むやみに欲しがるな、と文王の心構えを戒め、そのうえで出兵を命じる。第三章の「予明徳を懐う。声と色とを大にせず」は『中庸』の結びに引かれ、孔子が声や顔色で民を化するのは末だと評した言葉と結びつけられている。また第一章の「王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整え」の句は、『孟子』梁恵王下で、天下の民を安んずる文王の大いなる勇として引かれる(孟子の引く字句は一部異なる)。毛詩序と朱熹『詩集伝』はいずれも、文王の徳と征伐をたたえる詩と読んでおり、違いは小さい。怒りをもって兵を動かしながらも、それが私の怒りではなく民を安んずるための怒りであるかどうか。

この章句が説くこと

詩経文王征伐中庸孟子

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