詩経 / 国風・衛風・有狐
《有狐》,刺時也。衛之男女失時,喪其妃耦焉。古者國有凶荒,則殺禮而多昏,會男女之無夫家者,所以育人民也。 有狐綏綏,在彼淇梁。心之憂矣,之子無裳! 有狐綏綏,在彼淇厲。心之憂矣,之子無帶! 有狐綏綏,在彼淇側。心之憂矣,之子無服!
新字:《有狐》,刺時也。衛之男女失時,喪其妃耦焉。古者国有凶荒,則殺礼而多昏,会男女之無夫家者,所以育人民也。 有狐綏綏,在彼淇梁。心之憂矣,之子無裳! 有狐綏綏,在彼淇厲。心之憂矣,之子無帯! 有狐綏綏,在彼淇側。心之憂矣,之子無服!
書き下し
有狐は、時を刺るなり。衛の男女時を失い、其の妃耦(ひぐう)を喪(うしな)う。古者(いにしえ)国に凶荒有れば、則ち礼を殺(そ)ぎて昏(こん)を多くし、男女の夫家無き者を会わす。人民を育つる所以(ゆえん)なり。 狐有り綏綏(すいすい)として、彼の淇の梁(やな)に在り。心の憂うる、之の子に裳(も)無し。 狐有り綏綏として、彼の淇の厲(らい)に在り。心の憂うる、之の子に帯無し。 狐有り綏綏として、彼の淇の側に在り。心の憂うる、之の子に服無し。
現代語訳
「有狐」の詩は、時世を風刺したものである。衛の男女は結婚の時期を逃し、連れ合いを持てずにいた。昔は国に凶作や飢饉があると、婚礼の儀式を簡略にして結婚を増やし、夫や妻のない男女を引き合わせた。それが人民を育てる道だったのである。 狐がひとりしょんぼりと、淇水の堰(せき)のあたりを歩いている。心が痛む、あの人には下衣(もすそ)もない。 狐がひとりしょんぼりと、淇水の浅瀬を歩いている。心が痛む、あの人には帯もない。 狐がひとりしょんぼりと、淇水のほとりを歩いている。心が痛む、あの人には着る服もない。
解説
淇水のほとりをひとりさまよう狐を歌い起こし、着るものにも事欠くあの人を思って心を痛める短い詩である。毛詩序は、衛の男女が結婚の時期を失い連れ合いを持てずにいることを刺ったもので、昔は凶作の年には婚礼の礼を簡略にして独り身の男女を結婚させた、と述べる。『周礼』地官の媒氏にも、仲春に男女を会わせ、この時は奔る者も禁じないという規定があり、序の背景には婚姻を国の政として見る考えがある。朱熹は、夫を失った女性が独り身の男を見て、その人に衣を仕立ててやりたいと思う歌と読み直した。狐は独りで歩く姿から、連れ合いを求める者のたとえになっている。貧しさや世の乱れが人の縁を妨げるという問題は、現代の少子化や晩婚の議論にもつながる古くて新しい問いである。
この章句が説くこと
詩経婚姻独り身衛狐
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