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詩経 / 国風・召南・江有汜

《江有汜》,美媵也。勤而無怨,嫡能悔過也。文王之時,江沱之閒,有嫡不以其媵備數,媵遇勞而無怨,嫡亦自悔也。 江有汜,之子歸,不我以。不我以,其後也悔。 江有渚,之子歸,不我與。不我與,其後也處。 江有沱,之子歸,不我過。不我過,其嘯也歌。

新字:《江有汜》,美媵也。勤而無怨,嫡能悔過也。文王之時,江沱之閒,有嫡不以其媵備数,媵遇労而無怨,嫡亦自悔也。 江有汜,之子帰,不我以。不我以,其後也悔。 江有渚,之子帰,不我与。不我与,其後也処。 江有沱,之子帰,不我過。不我過,其嘯也歌。

書き下し

江有汜(こうゆうし)は、媵(よう)を美むるなり。勤めて怨み無く、嫡(ちゃく)能く過ちを悔ゆるなり。文王の時、江沱(こうだ)の間、嫡、其の媵を以て数に備えざる有り。媵、労に遇いて怨み無く、嫡も亦自ら悔ゆるなり。 江に汜(し)有り、之の子帰(とつ)ぐに、我を以(ひき)いず。我を以いざるも、其の後や悔ゆ。 江に渚(しょ)有り、之の子帰ぐに、我と与(とも)にせず。我と与にせざるも、其の後や処(お)る。 江に沱(だ)有り、之の子帰ぐに、我を過(よぎ)らず。我を過らざるも、其の嘯(うそぶ)くや歌う。

現代語訳

「江有汜」の詩は、媵(嫁ぐ正妻に付き従って嫁ぐ妹や姪)をたたえたものである。媵は苦労しても恨むことがなく、正妻もやがて自分の過ちを悔いた。文王の時代、長江と沱水の間の地方で、正妻が媵を連れて行かず、定められた人数に加えないことがあった。媵は苦労に遭っても恨まず、正妻もまた自ら悔いたのである。 長江には分かれてまた戻る流れがある。あの人は嫁いでいくのに、わたしを連れて行かない。わたしを連れて行かなくても、後にはきっと悔やむだろう。 長江には中州がある。あの人は嫁いでいくのに、わたしと共に行かない。わたしと共に行かなくても、後にはきっと一緒に暮らすことになるだろう。 長江には沱水という支流がある。あの人は嫁いでいくのに、わたしのもとに立ち寄らない。わたしのもとに立ち寄らなくても、やがては口ずさみ歌うことになるだろう。

解説

長江から分かれた流れが再び本流に戻るように、今は離れても最後には戻ってくる、と歌う詩である。毛詩序は、正妻が嫁ぐとき、付き従うべき媵を連れて行かなかったが、媵は恨まず、正妻もやがて悔いて呼び寄せた、という物語として読んだ。古代の諸侯の婚姻では、正妻の妹や姪が媵として共に嫁ぐ習いがあった。朱熹『詩集伝』も媵の立場から詠まれた詩とするが、詩そのものからは、自分を置いて去っていった人に対し、いつかきっと悔やむはずだと言い聞かせる、残された者の心の歌としても読める。三章の結び「悔ゆ」「処る」「嘯くや歌う」は、恨みが和解と喜びへと移っていく流れを示している。置き去りにされた悲しみを、恨みに変えずに待つこと。その強さと、関係は必ずしもそこで終わらないという希望が歌われている。

この章句が説くこと

詩経媵婚姻和解長江

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