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詩経 / 小雅・鴻鴈之什・白駒

《白駒》,大夫刺宣王也。 皎皎白駒,食我場苗。縶之維之,以永今朝。所謂伊人,於焉逍遙? 皎皎白駒,食我場藿。縶之維之,以永今夕。所謂伊人,於焉嘉客? 皎皎白駒,賁然來思。爾公爾侯?逸豫無期。慎爾優遊,勉爾遁思! 皎皎白駒,在彼空谷。生芻一束,其人如玉。毋金玉爾音,而有遐心。

新字:《白駒》,大夫刺宣王也。 皎皎白駒,食我場苗。縶之維之,以永今朝。所謂伊人,於焉逍遥? 皎皎白駒,食我場藿。縶之維之,以永今夕。所謂伊人,於焉嘉客? 皎皎白駒,賁然来思。爾公爾侯?逸予無期。慎爾優遊,勉爾遁思! 皎皎白駒,在彼空谷。生芻一束,其人如玉。毋金玉爾音,而有遐心。

書き下し

白駒(はっく)は、大夫宣王を刺(そし)るなり。 皎皎(こうこう)たる白駒、我が場(にわ)の苗を食(は)む。之を縶(つな)ぎ之を維(つな)ぎ、以て今朝を永くせん。所謂(いわゆる)伊(こ)の人、焉(ここ)に於いて逍遙(しょうよう)せん。 皎皎たる白駒、我が場の藿(かく)を食む。之を縶ぎ之を維ぎ、以て今夕を永くせん。所謂伊の人、焉に於いて嘉客たらん。 皎皎たる白駒、賁然(ひぜん)として来たる。爾(なんじ)公たり爾侯たらん、逸豫(いつよ)期(かぎ)り無からん。爾の優遊を慎め、爾の遁思(とんし)を勉めよ。 皎皎たる白駒、彼の空谷に在り。生芻(せいすう)一束、其の人玉の如し。爾の音(おとずれ)を金玉にして、遐心(かしん)有ること毋(な)かれ。

現代語訳

「白駒」の詩は、大夫が周の宣王をそしったものである。 真っ白に輝く若駒が、わが家の畑の苗を食べている。この馬をつなぎ止め、しっかり結わえて、今朝のひとときを長く引き延ばそう。わたしの言うあのお方に、ここでゆっくりくつろいでもらいたい。 真っ白に輝く若駒が、わが家の畑の豆の葉を食べている。この馬をつなぎ止め、しっかり結わえて、今宵のひとときを長く引き延ばそう。わたしの言うあのお方に、ここでよき客人となってもらいたい。 真っ白に輝く若駒が、きらびやかに飾られてやって来た。あなたが公にも侯にもなれば、安楽は限りなく続くだろうに。気ままに遊ぶ心を慎み、世を逃れようとする思いを思いとどまってほしい。 真っ白に輝く若駒は、あの人けのない谷にいる。刈りたての草を一束添えて、その人は玉のように清らかである。どうかあなたの便りを金や玉のように惜しんで出し渋り、遠く離れる心を持たないでほしい。

解説

白い若駒に乗って訪れた賢い客を、馬をつないででも引き留めたいと願い、ついに去って人けのない谷に隠れた人を思う詩である。前半は客を少しでも長く引き留めようとする主人の心、後半は谷に隠れた人を玉にたとえ、便りを絶やさないでほしいと願う。毛詩序は、大夫が宣王を刺った詩とし、王が賢者を用いられず、賢者が去ってしまったことをそしったものと読む。朱熹『詩集伝』は、去ろうとする賢者を引き留めようとする詩とみて、特定の王への風刺とは読まない。「空谷の足音」という言葉が人里離れた地で出会う喜びを言うように、谷に隠れた白駒の姿は、世を離れた清らかな人の象徴として後世に好まれた。惜しい人を失うとき、何とか引き留めたいと願う心は誰にも覚えがある。

この章句が説くこと

詩経賢者隠遁白駒惜別

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