詩経 / 国風・王風・丘中有麻
《丘中有麻》,思賢也。莊王不明,賢人放逐,國人思之,而作是詩也。 丘中有麻,彼留子嗟。彼留子嗟,將其來施施。 丘中有麥,彼留子國。彼留子國,將其來食。 丘中有李,彼留之子。彼留之子,貽我佩玖。
新字:《丘中有麻》,思賢也。荘王不明,賢人放逐,国人思之,而作是詩也。 丘中有麻,彼留子嗟。彼留子嗟,将其来施施。 丘中有麦,彼留子国。彼留子国,将其来食。 丘中有李,彼留之子。彼留之子,貽我佩玖。
書き下し
丘中有麻(きゅうちゅうゆうま)は、賢を思うなり。荘王明らかならず、賢人放逐せられ、国人これを思いて、是の詩を作るなり。 丘中に麻有り、彼の留(りゅう)の子嗟(しさ)。彼の留の子嗟、将(ねが)わくは其れ来たること施施(しし)たらん。 丘中に麦有り、彼の留の子国(しこく)。彼の留の子国、将わくは其れ来たりて食(くら)わん。 丘中に李(すもも)有り、彼の留の子。彼の留の子、我に佩玖(はいきゅう)を貽(おく)る。
現代語訳
「丘中有麻」の詩は、賢者を慕ったものである。周の荘王は明君でなく、賢人が追放されたので、国の人々は賢人を慕ってこの詩を作ったのである。 丘の上には麻が茂っている、あれは留家の子嗟(しさ)が育てたもの。あの留家の子嗟よ、どうかゆったりとした足取りで戻って来てほしい。 丘の上には麦が実っている、あれは留家の子国(しこく)が育てたもの。あの留家の子国よ、どうか戻って来て共に食卓を囲んでほしい。 丘の上には李(すもも)がなっている、あれは留家の人々が育てたもの。あの留家の人々は、かつて私に佩玉(はいぎょく)を贈ってくれた。
解説
丘の上に茂る麻や麦や李を見て、それを育てた留家の人々を思い、戻ってきてほしいと願う詩である。毛詩序は、周の荘王が明君でなく、留氏の賢人である子嗟・子国父子が追放されたので、国の人々がその帰りを願った歌とする。毛伝は子嗟を大夫の氏名、子国を子嗟の父と解し、民のために麻や麦を植えて治めた人々と見た。これに対し朱熹は、女性が恋人と留の地で逢うことを待ち望む歌であろうと読み直した。「留」を地名とも「留める」の意とも取れるため、読みが大きく分かれるのである。いずれに読んでも、丘に残る作物が、そこにいた人の不在をかえって強く思い出させるという構図は変わらない。人が去ったあとに残る仕事の跡は、その人の値打ちを最も雄弁に語るものでもある。
この章句が説くこと
詩経賢者追放周王風
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