詩経 / 国風・唐風・有杕之杜
《有杕之杜》,刺晉武也。武公寡特,兼其宗族,而不求賢以自輔焉。 有杕之杜,生于道左。彼君子兮,噬肯適我?中心好之,曷飲食之? 有杕之杜,生于道周。彼君子兮,噬肯來遊?中心好之,曷飲食之?
新字:《有杕之杜》,刺晋武也。武公寡特,兼其宗族,而不求賢以自輔焉。 有杕之杜,生于道左。彼君子兮,噬肯適我?中心好之,曷飲食之? 有杕之杜,生于道周。彼君子兮,噬肯来遊?中心好之,曷飲食之?
書き下し
有杕之杜(ゆうていしと)は、晋の武を刺るなり。武公寡特(かとく)にして、其の宗族を兼ね、而して賢を求めて以て自ら輔(たす)けず。 杕(てい)たる杜(やまなし)有り、道の左に生ず。彼の君子、噬(ここ)に肯(あえ)て我に適(ゆ)かんや。中心これを好す、曷(いか)にしてかこれに飲食せしめん。 杕たる杜有り、道の周(めぐり)に生ず。彼の君子、噬に肯て来たり遊ばんや。中心これを好す、曷にしてかこれに飲食せしめん。
現代語訳
「有杕之杜」の詩は、晋の武公をそしったものである。武公はひとりよがりで孤立し、同族を併合したが、賢人を求めて自分を助けさせようとはしなかった。 ぽつんと一本立つやまなしの木、道の左側に生えている。あの君子は、わたしのもとへ来てくれるだろうか。心の底から好ましく思う、どうやってもてなしたらよいだろう。 ぽつんと一本立つやまなしの木、道の曲がり角に生えている。あの君子は、ここへ来て遊んでくれるだろうか。心の底から好ましく思う、どうやってもてなしたらよいだろう。
解説
道ばたにぽつんと立つやまなしの木のように、孤独な者が「あの君子は来てくれるだろうか、心から好ましく思うが、どうもてなせばよいだろう」と歌う。毛詩序は、晋の武公が一族を併合しながら、賢人を求めて自分を助けさせようとせず孤立していたことをそしった詩と読んだ。やまなしの木は、枝葉が少なく陰を作らないので、人が寄りつかない孤立の象徴とされる。朱熹は、これを、賢者を好みながら、自分にそれを招く力がないことを嘆く歌と解している。詩の言葉は、慕う相手を迎えたい素直な気持ちとして読める。人を招くには、陰を作る枝葉のように、人が身を寄せられる度量がいる。心の中で好むだけでは人は来ない。もてなす工夫と、身を低くする姿勢があってはじめて、よき人は訪ねてくる。
この章句が説くこと
詩経唐賢者孤立もてなし
関連する章句
-
詩経・小雅・南有嘉魚之什・南山有台南山有台(なんざんゆうだい)は、賢を得るを楽しむなり。賢を得れば則ち能く邦家の為に太平の基(もとい)を立つ。 南山に台(たい)有り、北山に萊(らい)有り。楽しき君子は、邦家の基。楽しき君子は、万寿期(かぎ)り無し。 南山に桑有り、北山に楊有り。楽しき君子は、邦家の光。楽しき君子は、万寿疆(かぎ)り無し。 南山に杞(き)有り、北山に李(すもも)有り。楽しき君子は、民の父母。楽しき君子は、徳音已(や)まず。 南山に栲(こう)有り、北山に杻(ちゅう)有り。楽しき君子は、遐(なん)ぞ眉寿(びじゅ)ならざらん。楽しき君子は、徳音是れ茂(さか)んなり。 南山に枸(く)有り、北山に楰(ゆ)有り。楽しき君子は、遐ぞ黄耇(こうこう)ならざらん。楽しき君子は、爾(なんじ)の後を保艾(ほがい)せん。
-
詩経・小雅・鴻鴈之什・白駒白駒(はっく)は、大夫宣王を刺(そし)るなり。 皎皎(こうこう)たる白駒、我が場(にわ)の苗を食(は)む。之を縶(つな)ぎ之を維(つな)ぎ、以て今朝を永くせん。所謂(いわゆる)伊(こ)の人、焉(ここ)に於いて逍遙(しょうよう)せん。 皎皎たる白駒、我が場の藿(かく)を食む。之を縶ぎ之を維ぎ、以て今夕を永くせん。所謂伊の人、焉に於いて嘉客たらん。 皎皎たる白駒、賁然(ひぜん)として来たる。爾(なんじ)公たり爾侯たらん、逸豫(いつよ)期(かぎ)り無からん。爾の優遊を慎め、爾の遁思(とんし)を勉めよ。 皎皎たる白駒、彼の空谷に在り。生芻(せいすう)一束、其の人玉の如し。爾の音(おとずれ)を金玉にして、遐心(かしん)有ること毋(な)かれ。
-
詩経・国風・王風・丘中有麻丘中有麻(きゅうちゅうゆうま)は、賢を思うなり。荘王明らかならず、賢人放逐せられ、国人これを思いて、是の詩を作るなり。 丘中に麻有り、彼の留(りゅう)の子嗟(しさ)。彼の留の子嗟、将(ねが)わくは其れ来たること施施(しし)たらん。 丘中に麦有り、彼の留の子国(しこく)。彼の留の子国、将わくは其れ来たりて食(くら)わん。 丘中に李(すもも)有り、彼の留の子。彼の留の子、我に佩玖(はいきゅう)を貽(おく)る。
-
詩経・国風・鄘風・干旄干旄(かんぼう)は、善を好むを美むるなり。衛の文公の臣子多く善を好み、賢者善道を以て告ぐるを楽しむなり。 孑孑(けつけつ)たる干旄、浚(しゅん)の郊に在り。素糸これを紕(ひ)し、良馬これ四つ。彼の姝(しゅ)たる者の子、何を以てかこれに畀(あた)えん。 孑孑たる干旟(かんよ)、浚の都に在り。素糸これを組み、良馬これ五つ。彼の姝たる者の子、何を以てかこれに予(あた)えん。 孑孑たる干旌(かんせい)、浚の城に在り。素糸これを祝(しょく)し、良馬これ六つ。彼の姝たる者の子、何を以てかこれに告げん。
-
詩経・国風・鄭風・緇衣緇衣(しい)は、武公を美むるなり。父子並びに周の司徒と為り、其の職を善くす。国人これを宜しとし、故に其の徳を美めて、以て国を有(たも)つ者の善を善とするの功を明らかにするなり。 緇衣の宜しき、敝(やぶ)るれば予(われ)又改めて為(つく)らん。子の館に適(ゆ)き、還りて予子に粲(さん)を授けん。 緇衣の好(よ)き、敝るれば予又改めて造らん。子の館に適き、還りて予子に粲を授けん。 緇衣の蓆(おお)いなる、敝るれば予又改めて作らん。子の館に適き、還りて予子に粲を授けん。
-
詩経・国風・秦風・権輿権輿(けんよ)は、康公を刺るなり。先君の旧臣を忘れ、賢者と始め有りて終わり無きなり。 我に於(ああ)、夏屋(かおく)渠渠(きょきょ)たりしに、今や食ごとに余り無し。于嗟乎(ああ)、権輿を承(つ)がず。 我に於、食ごとに四簋(しき)なりしに、今や食ごとに飽かず。于嗟乎、権輿を承がず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る