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詩経 / 国風・邶風・簡兮

《簡兮》,刺不用賢也。衛之賢者仕於伶官,皆可以承事王者也。 簡兮簡兮,方將萬舞。日之方中,在前上處。碩人俁俁,公庭萬舞。 有力如虎,執轡如組。左手執籥,右手秉翟,赫如渥赭,公言錫爵。 山有榛,隰有苓。云誰之思?西方美人。彼美人兮,西方之人兮!

新字:《簡兮》,刺不用賢也。衛之賢者仕於伶官,皆可以承事王者也。 簡兮簡兮,方将万舞。日之方中,在前上処。碩人俁俁,公庭万舞。 有力如虎,執轡如組。左手執籥,右手秉翟,赫如渥赭,公言錫爵。 山有榛,隰有苓。云誰之思?西方美人。彼美人兮,西方之人兮!

書き下し

簡兮(かんけい)は、賢を用いざるを刺るなり。衛の賢者、伶官(れいかん)に仕う。皆以て王者に承事すべきなり。 簡(かん)たり簡たり、方(まさ)に将に万舞(ばんぶ)せんとす。日の方に中するとき、前の上処(じょうしょ)に在り。碩人(せきじん)俁俁(ぐぐ)として、公庭に万舞す。 力有ること虎の如く、轡(たづな)を執ること組(くみひも)の如し。左手に籥(やく)を執り、右手に翟(てき)を秉(と)る。赫(かく)として渥赭(あくしゃ)の如し、公言(ここ)に爵を錫(たま)う。 山に榛(はしばみ)有り、隰(さわ)に苓(れい)有り。云(ここ)に誰をか之(これ)思う、西方の美人。彼の美人や、西方の人や。

現代語訳

「簡兮」の詩は、賢者を用いないことをそしったものである。衛の賢者は楽官という低い地位に仕えていたが、いずれも天子に仕えることができるほどの人物であった。 堂々として、おおらかに、いまこれから万舞を舞おうとする。日がちょうど南中するころ、舞の列の前の上座に立つ。背の高い立派な人がゆったりとして、殿さまの庭で万舞を舞う。 その力は虎のように強く、馬の手綱を組みひものように自在にさばく。左手に笛を持ち、右手にきじの羽を取る。顔は赤土を塗ったように赤く輝き、殿さまはただ杯を賜るばかり。 山にははしばみがあり、湿地にはかんぞうがある。いったい誰を思うのか、西方の美しい人を。あの美しい人よ、西方の人よ。

解説

衛の君主の庭で、背の高い立派な舞人が大きな舞を舞う。虎のような力で手綱をさばく武の舞から、左手に笛、右手にきじの羽を持つ文の舞へ、その姿はまばゆく、顔は赤く輝いている。しかし君主はただ酒を一杯与えるだけである。最終章は一転し、山のはしばみ、沢のかんぞうを歌い起こして、西方の美しい人を思う。毛詩序は、衛の賢者が伶官、つまり楽人という低い地位に甘んじており、君主が賢者を用いないことをそしる詩と読んだ。西方の美人とは、西方の周の盛時の王を指し、その世であれば賢者は正しく用いられたであろうという嘆きと解されてきた。朱熹『詩集伝』も、賢者が楽官に身を隠し、自ら嘲る詩としている。一方、詩そのものから、舞人の姿に見とれる女性の恋心の歌と読む説もある。才ある人が才にふさわしい場を得られないことは、いつの時代にもある嘆きである。

この章句が説くこと

詩経舞賢者衛邶風

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