詩経 / 小雅・南有嘉魚之什・六月一
《六月》,宣王北伐也。《鹿鳴》廢則和樂缺矣。《四牡》廢則君臣缺矣。《皇皇者華》廢則忠信缺矣。《常棣》廢則兄弟缺矣。《伐木》廢則朋友缺矣。《天保》廢則福祿缺矣。《采薇》廢則征伐缺矣。《出車》廢則功力缺矣。《杕杜》廢則師眾缺矣。《魚麗》廢則法度缺矣。《南陔》廢則孝友缺矣。《白華》廢則廉恥缺矣。《華黍》廢則蓄積缺矣。《由庚》廢則陰陽失其道理矣。《南有嘉魚》廢則賢者不安,下不得其所矣。《崇丘》廢則萬物不遂矣。《南山有臺》廢則為國之基隊矣。《由儀》廢則萬物失其道理矣。《蓼蕭》廢則恩澤乖矣。《湛露》廢則萬國離矣。《彤弓》廢則諸夏衰矣。《菁菁者莪》廢則無禮儀矣。小雅盡廢,則四夷交侵,中國微矣。 六月棲棲,戎車既飭。四牡騤騤,載是常服。玁狁孔熾,我是用急。王于出征,以匡王國。
新字:《六月》,宣王北伐也。《鹿鳴》廃則和楽欠矣。《四牡》廃則君臣欠矣。《皇皇者華》廃則忠信欠矣。《常棣》廃則兄弟欠矣。《伐木》廃則朋友欠矣。《天保》廃則福禄欠矣。《采薇》廃則征伐欠矣。《出車》廃則功力欠矣。《杕杜》廃則師衆欠矣。《魚麗》廃則法度欠矣。《南陔》廃則孝友欠矣。《白華》廃則廉恥欠矣。《華黍》廃則蓄積欠矣。《由庚》廃則陰陽失其道理矣。《南有嘉魚》廃則賢者不安,下不得其所矣。《崇丘》廃則万物不遂矣。《南山有台》廃則為国之基隊矣。《由儀》廃則万物失其道理矣。《蓼蕭》廃則恩沢乖矣。《湛露》廃則万国離矣。《彤弓》廃則諸夏衰矣。《菁菁者莪》廃則無礼儀矣。小雅尽廃,則四夷交侵,中国微矣。 六月棲棲,戎車既飭。四牡騤騤,載是常服。玁狁孔熾,我是用急。王于出征,以匡王国。
書き下し
六月は、宣王の北伐なり。鹿鳴(ろくめい)廃すれば則ち和楽欠く。四牡(しぼ)廃すれば則ち君臣欠く。皇皇者華(こうこうしゃか)廃すれば則ち忠信欠く。常棣(じょうてい)廃すれば則ち兄弟欠く。伐木(ばつぼく)廃すれば則ち朋友欠く。天保廃すれば則ち福禄欠く。采薇(さいび)廃すれば則ち征伐欠く。出車(しゅっしゃ)廃すれば則ち功力欠く。杕杜(ていと)廃すれば則ち師衆欠く。魚麗(ぎょり)廃すれば則ち法度欠く。南陔(なんがい)廃すれば則ち孝友欠く。白華廃すれば則ち廉恥欠く。華黍(かしょ)廃すれば則ち蓄積欠く。由庚(ゆうこう)廃すれば則ち陰陽其の道理を失う。南有嘉魚廃すれば則ち賢者安んぜず、下其の所を得ず。崇丘(すうきゅう)廃すれば則ち万物遂げず。南山有台廃すれば則ち国を為むるの基(もとい)隊(お)つ。由儀(ゆうぎ)廃すれば則ち万物其の道理を失う。蓼蕭(りくしょう)廃すれば則ち恩沢乖(そむ)く。湛露(たんろ)廃すれば則ち万国離る。彤弓(とうきゅう)廃すれば則ち諸夏衰う。菁菁者莪(せいせいしゃが)廃すれば則ち礼儀無し。小雅尽く廃すれば、則ち四夷(しい)交々(こもごも)侵し、中国微なり。 六月棲棲(せいせい)たり、戎車(じゅうしゃ)既に飭(ととの)う。四牡騤騤(きき)たり、是の常服を載す。玁狁(けんいん)孔(はなは)だ熾(さか)んなり、我是(ここ)を用て急ぐ。王于(ここ)に出征し、以て王国を匡(ただ)す。
現代語訳
「六月」の詩は、周の宣王が北方へ遠征したことを歌ったものである。「鹿鳴」の道が廃れれば、君臣の和やかな楽しみが欠ける。「四牡」が廃れれば、君臣の間の情が欠ける。「皇皇者華」が廃れれば、忠と信が欠ける。「常棣」が廃れれば、兄弟の親しみが欠ける。「伐木」が廃れれば、朋友の交わりが欠ける。「天保」が廃れれば、福と禄が欠ける。「采薇」が廃れれば、征伐の務めが欠ける。「出車」が廃れれば、功績と労力が欠ける。「杕杜」が廃れれば、軍の兵たちへのいたわりが欠ける。「魚麗」が廃れれば、法と節度が欠ける。「南陔」が廃れれば、孝と友愛が欠ける。「白華」が廃れれば、廉恥の心が欠ける。「華黍」が廃れれば、蓄えが欠ける。「由庚」が廃れれば、陰陽がその道理を失う。「南有嘉魚」が廃れれば、賢者は安んぜず、下の者は居場所を得られない。「崇丘」が廃れれば、万物は育ちきらない。「南山有台」が廃れれば、国を治める土台が崩れ落ちる。「由儀」が廃れれば、万物はその道理を失う。「蓼蕭」が廃れれば、恩沢が行き渡らなくなる。「湛露」が廃れれば、諸国の心が離れる。「彤弓」が廃れれば、中原の諸侯が衰える。「菁菁者莪」が廃れれば、礼儀が無くなる。小雅の道がことごとく廃れれば、四方の異民族がこもごも侵入し、中国は衰え微かになる。 六月の暑さの中をあわただしく、兵車はすでに整えられた。四頭の牡馬はたくましく、いつもの軍装を積み込んだ。北方の玁狁(けんいん)の勢いがひどく盛んなので、われらは急いで出陣する。王はここに兵を出し、王の国を正し救おうとする。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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