詩経 / 小雅・南有嘉魚之什・彤弓
《彤弓》,天子錫有功諸侯也。 彤弓弨兮,受言藏之。我有嘉賓,中心貺之。鐘鼓既設,一朝饗之。 彤弓弨兮,受言載之。我有嘉賓,中心喜之。鐘鼓既設,一朝右之。 彤弓弨兮,受言櫜之。我有嘉賓,中心好之。鐘鼓既設,一朝醻之。
新字:《彤弓》,天子錫有功諸侯也。 彤弓弨兮,受言蔵之。我有嘉賓,中心貺之。鐘鼓既設,一朝饗之。 彤弓弨兮,受言載之。我有嘉賓,中心喜之。鐘鼓既設,一朝右之。 彤弓弨兮,受言櫜之。我有嘉賓,中心好之。鐘鼓既設,一朝醻之。
書き下し
彤弓(とうきゅう)は、天子有功の諸侯に錫(たま)うなり。 彤弓弨(しょう)たり、受けて言(ここ)に之を蔵(おさ)む。我に嘉賓有り、中心より之に貺(たま)う。鐘鼓既に設け、一朝之を饗(きょう)す。 彤弓弨たり、受けて言に之を載す。我に嘉賓有り、中心より之を喜ぶ。鐘鼓既に設け、一朝之を右(すす)む。 彤弓弨たり、受けて言に之を櫜(ふくろ)にす。我に嘉賓有り、中心より之を好む。鐘鼓既に設け、一朝之に醻(むく)ゆ。
現代語訳
「彤弓」の詩は、天子が手柄を立てた諸侯に弓を賜ったことを歌ったものである。 朱塗りの弓は弦がゆるめてある、それを受けて大切にしまっておく。わたしにはよき賓客があり、心の底からこれを贈る。鐘と太鼓をすでに並べ、朝のうちに盛大にもてなす。 朱塗りの弓は弦がゆるめてある、それを受けて車に載せる。わたしにはよき賓客があり、心の底から喜んでいる。鐘と太鼓をすでに並べ、朝のうちに酒を勧める。 朱塗りの弓は弦がゆるめてある、それを受けて弓袋に収める。わたしにはよき賓客があり、心の底から好ましく思う。鐘と太鼓をすでに並べ、朝のうちに返杯を重ねる。
解説
天子が功ある諸侯に朱塗りの弓を賜い、鐘鼓を並べて饗宴を開く場面を歌った詩である。朱塗りの弓は、天子に代わって征伐する権限の象徴だった。毛詩序は、天子が有功の諸侯に弓を賜う詩とし、朱熹『詩集伝』も同じく読む。『左伝』僖公二十八年には、城濮の戦いに勝った晋の文公が、周の襄王から朱塗りの弓一張と朱塗りの矢百本などを賜わったと記される。また文公四年には、衛の寧武子が、諸侯が王の敵を討って功を献じたとき、王が彤弓を賜い宴を開いて湛露・彤弓を歌わせたのだと語っている。「中心より」贈り、喜び、好むと繰り返すところに、報いは物だけでなく心を伴ってこそ報いになる、という考えが見える。人の働きに報いるときの心得でもある。
この章句が説くこと
詩経弓恩賞諸侯左伝
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