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詩経 / 小雅・南有嘉魚之什・由庚

《由庚》,萬物得由其道也。《崇丘》,萬物得極其高大也。《由儀》,萬物之生各得其宜也。有其義而亡其辭。

新字:《由庚》,万物得由其道也。《崇丘》,万物得極其高大也。《由儀》,万物之生各得其宜也。有其義而亡其辞。

書き下し

由庚(ゆうこう)は、万物其の道に由るを得るなり。崇丘(すうきゅう)は、万物其の高大を極むるを得るなり。由儀(ゆうぎ)は、万物の生、各々其の宜しきを得るなり。其の義有りて其の辞亡(な)し。

現代語訳

「由庚」の詩は、万物がそれぞれの道筋に従うことができたのを歌ったものである。「崇丘」の詩は、万物がその高さ大きさを存分に極めることができたのを歌ったものである。「由儀」の詩は、万物が生まれ育つにあたって、それぞれにふさわしいあり方を得たのを歌ったものである。この三篇は、詩の意味(序)だけが伝わり、その歌詞は失われている。

解説

由庚・崇丘・由儀の三篇は、南陔・白華・華黍とともに「笙詩」と呼ばれ、題と毛詩序だけが残って本文が伝わらない。序はそれぞれ、万物が道に従うこと、高く大きく育つこと、各々ふさわしいあり方を得ることを歌ったものとする。『儀礼』郷飲酒礼・燕礼の「間歌」では、魚麗を歌うと笙が由庚を、南有嘉魚を歌うと崇丘を、南山有台を歌うと由儀を奏で、歌と笙が交互に響いた。だから毛詩はこの三篇を魚麗・南有嘉魚・南山有台と組にして並べる。毛詩の側は歌詞が失われたとみるが、朱熹は笙の曲であってもともと歌詞は無かったと考えた。万物がそれぞれの道を得て各々に宜しい、という序の言葉は、一人ひとりが持ち味を生かせる世の姿を思い描かせる。

この章句が説くこと

詩経笙詩万物道毛詩序

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