詩経 / 国風・豳風・伐柯
《伐柯》,美周公也。周大夫刺朝廷之不知也。 伐柯如何?匪斧不克。取妻如何?匪媒不得。 伐柯伐柯,其則不遠。我覯之子,籩豆有踐。
新字:《伐柯》,美周公也。周大夫刺朝廷之不知也。 伐柯如何?匪斧不克。取妻如何?匪媒不得。 伐柯伐柯,其則不遠。我覯之子,籩豆有践。
書き下し
伐柯(ばっか)は、周公を美むるなり。周の大夫、朝廷の知らざるを刺るなり。 柯(え)を伐るは如何(いかん)せん、斧に匪(あら)ずんば克(あた)わず。妻を取るは如何せん、媒(なこうど)に匪ずんば得ず。 柯を伐り柯を伐る、其の則(のり)遠からず。我之(こ)の子に覯(あ)う、籩豆(へんとう)践(つら)なる有り。
現代語訳
「伐柯」の詩は、周公をほめたたえたものである。周の大夫たちが、朝廷が周公の真価を知らないことを非難したのである。 斧の柄にする木を切るにはどうするか、斧がなければできない。妻を娶るにはどうするか、仲人がなければ得られない。 斧の柄を切る、斧の柄を切る、その手本は遠くにはない。私がこのお方にお会いするときは、供え物の器がきちんと並べられる。
解説
斧の柄にする木を切るには斧が要り、妻を娶るには仲人が要る、と身近な道理を並べ、さらに「柄を切るときの手本は、手に持っている斧の柄そのものだから遠くない」と歌う短い詩である。毛詩序は、周の大夫が周公をたたえ、朝廷が周公を正しく迎えないことを刺った詩と読む。周公を迎えるにはしかるべき礼と仲立ちが要る、という含みである。一方、朱熹は、東方の人が周公に会えた喜びを歌った詩と見る。「伐柯伐柯、其の則遠からず」の句は『中庸』に引かれ、柄を持って柄を切るのに、なお横目で見比べて遠いと思う、人を治めるには人の道によればよい、と説かれている。手本は遠くの理想ではなく、すでに手の中にある。この詩から、仲人を「伐柯の人」と呼ぶ言い方も生まれた。
この章句が説くこと
詩経豳仲人手本中庸
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