詩経 / 国風・曹風・下泉
《下泉》,思治也。曹人疾共公侵刻下民,不得其所,憂而思明王賢伯也。 洌彼下泉,浸彼苞稂。愾我寤歎,念彼周京。 洌彼下泉,浸彼苞蕭。愾我寤歎,念彼京周。 洌彼下泉,浸彼苞蓍。愾我寤歎,念彼京師。 芃芃黍苗,陰雨膏之。四國有王,郇伯勞之。
新字:《下泉》,思治也。曹人疾共公侵刻下民,不得其所,憂而思明王賢伯也。 洌彼下泉,浸彼苞稂。愾我寤嘆,念彼周京。 洌彼下泉,浸彼苞蕭。愾我寤嘆,念彼京周。 洌彼下泉,浸彼苞蓍。愾我寤嘆,念彼京師。 芃芃黍苗,陰雨膏之。四国有王,郇伯労之。
書き下し
下泉(かせん)は、治を思うなり。曹人、共公の下民を侵刻(しんこく)し、其の所を得ざるを疾み、憂えて明王賢伯を思うなり。 洌(れつ)たる彼の下泉、彼の苞稂(ほうろう)を浸す。愾(がい)として我寤(さ)めて歎き、彼の周京を念う。 洌たる彼の下泉、彼の苞蕭(ほうしょう)を浸す。愾として我寤めて歎き、彼の京周を念う。 洌たる彼の下泉、彼の苞蓍(ほうし)を浸す。愾として我寤めて歎き、彼の京師を念う。 芃芃(ほうほう)たる黍苗(しょびょう)、陰雨これを膏(うるお)す。四国に王有り、郇伯(じゅんぱく)これを労う。
現代語訳
「下泉」の詩は、よく治まった世を慕ったものである。曹の人々は、共公が下々の民を痛めつけ、民が安らかに暮らせる所を得られないことをにくみ、憂えて賢明な王と賢い諸侯の長を慕ったのである。 冷たく湧き出るあの泉の水が、群がり生えるおおばこ草を浸して枯らす。ため息をついて目覚めては嘆き、あの周の都を思う。 冷たく湧き出るあの泉の水が、群がり生えるよもぎを浸して枯らす。ため息をついて目覚めては嘆き、あの周の都を思う。 冷たく湧き出るあの泉の水が、群がり生えるめどはぎを浸して枯らす。ため息をついて目覚めては嘆き、あの天子の都を思う。 すくすくと伸びるきびの苗を、恵みの雨がうるおし育てる。かつて四方の国々に王がおられた頃は、郇伯(じゅんぱく)が諸国をねぎらい治めたものだ。
解説
この章句が説くこと
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