弁道 / 第二十二則
大氏詩之爲言。上自廟堂。下至委巷。以及諸侯之邦。貴賤男女。賢愚美惡。何所不有。世變邦俗。人情物態。可得而觀。其辭婉柔近情。諷詠易感。而其事皆零碎猥雜。自然不生矜持之心。是以君子可以知宵人。丈夫可以知婦人。朝廷可以知民間。盛世可以知衰俗者。於此在焉。且其爲義。不爲典要。美刺皆得。唯意所取。引而伸之。觸類而長之。莫有窮已。故古人所以開意智。達政事。善言語。使於鄰國。專對酬酢者。皆於此得焉。書爲正言。詩爲微辭。書立其大者。詩不遺細物。如日月之代明。如陰陽之竝行。合二故經而謂之義之府也。
新字:大氏詩之為言。上自廟堂。下至委巷。以及諸侯之邦。貴賤男女。賢愚美悪。何所不有。世変邦俗。人情物態。可得而観。其辞婉柔近情。諷詠易感。而其事皆零砕猥雑。自然不生矜持之心。是以君子可以知宵人。丈夫可以知婦人。朝廷可以知民間。盛世可以知衰俗者。於此在焉。且其為義。不為典要。美刺皆得。唯意所取。引而伸之。触類而長之。莫有窮已。故古人所以開意智。達政事。善言語。使於鄰国。専対酬酢者。皆於此得焉。書為正言。詩為微辞。書立其大者。詩不遺細物。如日月之代明。如陰陽之並行。合二故経而謂之義之府也。
書き下し
大氐詩の言たる、上は廟堂より、下は委巷に至り、以て諸侯の邦に及ぶまで、貴賤男女、賢愚美悪、何の有らざる所ぞ。世変邦俗、人情物態、得て観るべし。其の辞婉柔にして情に近く、諷詠して感じ易し。而して其の事皆零砕猥雑にして、自然に矜持の心を生ぜず。是を以て君子以て宵人を知るべく、丈夫以て婦人を知るべく、朝廷以て民間を知るべく、盛世以て衰俗を知るべき者、此に在り。且つ其の義たる、典要を為さず、美刺皆得て、唯意の取る所のままなり。引きて之を伸ばし、類に触れて之を長ずれば、窮まり已む有る莫し。故に古人の意智を開き、政事に達し、言語を善くし、隣国に使ひして専対酬酢する所以の者、皆此に於て得たり。書は正言たり、詩は微辞たり。書は其の大なる者を立て、詩は細物を遺さず。日月の代はる代はる明らかなるが如く、陰陽の並び行はるるが如し。二を合はす、故に経之を義の府と謂ふなり。
現代語訳
おおよそ『詩経』の言葉は、上は朝廷から下は路地裏まで、さらに諸侯の国々にまで及び、身分の上下、男女、賢愚、美醜、何でもそろっている。世の移り変わりや国々の風俗、人の心や物の様子が見て取れる。その言葉はしなやかで情に近く、口ずさめば心に響きやすい。しかも扱う事柄はどれも細々とした雑多なもので、自然と気取った心が生じない。だから君子が小人の心を知り、男が女の心を知り、朝廷が民間を知り、盛んな世が衰えた世の風俗を知ることが、ここでできるのである。またその意味は一定の型に縛られず、褒めることにもそしることにも取れ、読む人の思うところのままである。引き伸ばし、似たものに触れて広げていけば、尽きることがない。だから古人が知恵を開き、政治に通じ、言葉を巧みにし、隣国に使いして独りで応対したのは、みなここから得たのである。『書経』は正面からの言葉、『詩経』はほのめかしの言葉である。『書経』は大きなものを立て、『詩経』は細かなものも漏らさない。日と月がかわるがわる照らすように、陰と陽が並んで行われるように、この二つを合わせるからこそ、経書はこれを「義の府(くら)」と呼ぶのである。
解説
この章句が説くこと
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