詩経 / 国風・曹風・候人
《候人》,刺近小人也。共公遠君子而好近小人焉。 彼候人兮,何戈與祋。彼其之子,三百赤芾。 維鵜在梁,不濡其翼。彼其之子,不稱其服。 維鵜在梁,不濡其咮。彼其之子,不遂其媾。 薈兮蔚兮,南山朝隮。婉兮孌兮,季女斯飢。
新字:《候人》,刺近小人也。共公遠君子而好近小人焉。 彼候人兮,何戈与祋。彼其之子,三百赤芾。 維鵜在梁,不濡其翼。彼其之子,不称其服。 維鵜在梁,不濡其咮。彼其之子,不遂其媾。 薈兮蔚兮,南山朝隮。婉兮孌兮,季女斯飢。
書き下し
候人(こうじん)は、小人を近づくるを刺るなり。共公(きょうこう)、君子を遠ざけて好んで小人を近づく。 彼の候人は、戈(か)と祋(たい)とを何(にな)う。彼の其の子は、三百の赤芾(せきふつ)。 維(こ)れ鵜(てい)梁(やな)に在り、其の翼を濡らさず。彼の其の子は、其の服に称(かな)わず。 維れ鵜梁に在り、其の咮(くちばし)を濡らさず。彼の其の子は、其の媾(こう)を遂げず。 薈(わい)たり蔚(うつ)たり、南山に朝隮(ちょうせい)す。婉(えん)たり孌(れん)たり、季女(きじょ)斯れ飢う。
現代語訳
「候人」の詩は、君主が小人を近づけたことを非難したものである。曹の共公は、君子を遠ざけて、好んで取るに足りない者たちを身近に置いたのである。 あの道の見張り役は、戈と殳(ほこ)とを肩に担いでいる。あの連中はといえば、赤い膝かけを着けた者が三百人もいる。 ペリカンが魚梁(やな)に止まっているのに、その翼を濡らしもしない。あの連中は、その礼服にふさわしくない。 ペリカンが魚梁に止まっているのに、そのくちばしを濡らしもしない。あの連中は、君の厚い恩寵に見合うことをしていない。 もくもくと雲がわき、南の山に朝の虹が立つ。愛らしく若い末娘が、飢えに苦しんでいる。
解説
この章句が説くこと
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