詩経 / 国風・陳風・沢陂
《澤陂》,刺時也。言靈公君臣淫於其國,男女相說,憂思感傷焉。 彼澤之陂,有蒲與荷。有美一人,傷如之何。寤寐無為,涕泗滂沱。 彼澤之陂,有蒲與蕳。有美一人,碩大且卷。寤寐無為,中心悁悁。 彼澤之陂,有蒲菡萏。有美一人,碩大且儼。寤寐無為,輾轉伏枕。
新字:《沢陂》,刺時也。言霊公君臣淫於其国,男女相説,憂思感傷焉。 彼沢之陂,有蒲与荷。有美一人,傷如之何。寤寐無為,涕泗滂沱。 彼沢之陂,有蒲与蕳。有美一人,碩大且巻。寤寐無為,中心悁悁。 彼沢之陂,有蒲菡萏。有美一人,碩大且儼。寤寐無為,輾転伏枕。
書き下し
沢陂(たくひ)は、時を刺るなり。霊公の君臣其の国に淫し、男女相説(よろこ)び、憂思して感傷するを言う。 彼の沢の陂(つつみ)に、蒲(がま)と荷(はす)と有り。美なる一人有り、傷むことこれを如何(いかん)せん。寤寐(ごび)為すこと無く、涕泗(ていし)滂沱(ぼうだ)たり。 彼の沢の陂に、蒲と蕳(かん)と有り。美なる一人有り、碩大(せきだい)にして且つ巻(うるわ)し。寤寐為すこと無く、中心悁悁(えんえん)たり。 彼の沢の陂に、蒲と菡萏(かんたん)と有り。美なる一人有り、碩大にして且つ儼(げん)たり。寤寐為すこと無く、輾転(てんてん)として枕に伏す。
現代語訳
「沢陂」の詩は、その時世を非難したものである。陳の霊公とその臣下たちが国中でみだらにふるまい、男女が互いに惹かれ合って、思い悩み心を痛めたことを述べている。 あの沢の堤には、がまと蓮が生えている。美しいひとりの人がいて、この心の痛みをどうすればよいのか。寝ても覚めても何も手につかず、涙と鼻水がとめどなく流れる。 あの沢の堤には、がまと蘭が生えている。美しいひとりの人がいて、背が高くすらりと美しい。寝ても覚めても何も手につかず、胸の内は憂いに沈む。 あの沢の堤には、がまと蓮のつぼみがある。美しいひとりの人がいて、背が高くおごそかに美しい。寝ても覚めても何も手につかず、寝返りを打っては枕に顔を伏せる。
解説
この章句が説くこと
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