詩経 / 国風・陳風・月出
《月出》,刺好色也。在位不好德,而說美色焉。 月出皎兮,佼人僚兮。舒窈糾兮,勞心悄兮! 月出皓兮,佼人懰兮。舒憂受兮,勞心慅兮! 月出照兮,佼人燎兮。舒夭紹兮,勞心慘兮!
新字:《月出》,刺好色也。在位不好徳,而説美色焉。 月出皎兮,佼人僚兮。舒窈糾兮,労心悄兮! 月出皓兮,佼人懰兮。舒憂受兮,労心慅兮! 月出照兮,佼人燎兮。舒夭紹兮,労心惨兮!
書き下し
月出(げっしゅつ)は、色を好むを刺るなり。位に在るもの徳を好まずして、美色を説(よろこ)ぶ。 月出でて皎(こう)たり、佼人(こうじん)僚(りょう)たり。舒(しず)かに窈糾(ようきょう)たり、心を労して悄(しょう)たり。 月出でて皓(こう)たり、佼人懰(りゅう)たり。舒かに憂受(ゆうじゅ)たり、心を労して慅(そう)たり。 月出でて照(しょう)たり、佼人燎(りょう)たり。舒かに夭紹(ようしょう)たり、心を労して惨(さん)たり。
現代語訳
「月出」の詩は、色を好むことを非難したものである。位にある者たちが徳を好まず、美しい容色ばかりを喜んだのである。 月が出て白く明るい、美しい人は輝くばかり。しなやかにゆったりと歩む姿に、私の心は乱れて沈む。 月が出て白々と照る、美しい人はあでやかだ。ゆるやかにたおやかな姿に、私の心はざわめいて落ち着かない。 月が出てあたりを照らす、美しい人は燃えるように輝く。のびやかにしなやかな姿に、私の心は痛みに苦しむ。
解説
月の光の下に浮かぶ美しい人の姿と、それに心を奪われて悩む思いを、三章のくり返しで歌う。各句の末に「兮」を置き、皎・僚・糾・悄のように響きの近い字を重ねて、月光のように揺らめく音の効果を生んでいる。月と美人を結びつけた、中国の詩の中でも早い例として名高い。毛詩序は、位にある者が徳を好まず美色を喜ぶことを刺った詩と読むが、詩そのものには批判の言葉は見当たらない。朱熹はこれを男女が互いを思う歌と見ており、素直に読めば月夜の恋の歌である。美しいものに心を奪われることは人の自然であり、その苦しさを「心を労す」と率直に言うところに、この詩の誠実さがある。毛序が戒めとして読んだのは、その惹かれる力の強さを知っていたからでもあるだろう。
この章句が説くこと
詩経陳月恋美人
関連する章句
-
呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
-
孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
-
論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
-
荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
-
荀子・大略篇国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
-
『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る