詩経 / 国風・陳風・墓門
《墓門》,刺陳佗也。陳佗無良師傅,以至於不義,惡加於萬民焉。 墓門有棘,斧以斯之。夫也不良,國人知之。知而不已,誰昔然矣。 墓門有梅,有鴞萃止。夫也不良,歌以訊之。訊予不顧,顛倒思予。
新字:《墓門》,刺陳佗也。陳佗無良師傅,以至於不義,悪加於万民焉。 墓門有棘,斧以斯之。夫也不良,国人知之。知而不已,誰昔然矣。 墓門有梅,有鴞萃止。夫也不良,歌以訊之。訊予不顧,顛倒思予。
書き下し
墓門(ぼもん)は、陳佗(ちんた)を刺るなり。陳佗、良き師傅(しふ)無く、以て不義に至り、悪、万民に加わる。 墓門に棘(いばら)有り、斧以てこれを斯(さ)く。夫(か)の也(ひと)良からず、国人これを知る。知りて已(や)めず、誰昔(むかし)より然り。 墓門に梅有り、鴞(ふくろう)有りて萃(あつ)まる。夫の也良からず、歌いて以てこれを訊(いさ)む。訊むれども予(われ)を顧みず、顛倒(てんとう)して予を思わん。
現代語訳
「墓門」の詩は、陳佗を非難したものである。陳佗にはよき師や守り役がいなかったため、不義を行うに至り、その悪は万民にまで及んだのである。 墓地の門にいばらが生えている、斧でこれを切り払う。あの人はよくない人だと、国中の人が知っている。知られていてもやめようとしない、昔からずっとそうなのだ。 墓地の門に梅の木がある、ふくろうが群がって止まる。あの人はよくない人だ、だから歌にして諫めるのだ。諫めても私を顧みない、ひっくり返ってから、ようやく私を思い出すだろう。
解説
墓地の門に生えたいばらと、梅の木に群がる不吉なふくろうを歌い起こし、悪い人物を歌で諫めるが聞き入れられない、と嘆く詩である。毛詩序は、陳の桓公の弟である陳佗を刺った詩とする。『春秋左氏伝』によれば、陳佗は桓公が死んだ混乱の中で太子の免を殺して位を奪い、翌年に蔡の人に殺された。毛序は、陳佗がよき師に恵まれず悪に走ったことを嘆くと読む。朱熹もおおむねこの読みに従うが、特定の人物を離れても、悪を改めない者への諫めの歌として十分に読める。「顛倒して予を思わん」とは、身を滅ぼして初めて忠告を思い出すだろう、という苦い予言である。人は忠告を聞く耳を持つうちは聞かず、失ってから思い出す。周りの人々が皆知っている欠点を、本人だけが改めないという姿は、今の組織でもよく見られる。
この章句が説くこと
詩経陳諫め忠告左伝
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