詩経 / 国風・陳風・東門之楊
《東門之楊》,刺時也。昏姻失時,男女多違。親迎,女猶有不至者也。 東門之楊,其葉牂牂。昏以為期,明星煌煌。 東門之楊,其葉肺肺。昏以為期,明星晢晢。
書き下し
東門之楊(とうもんのよう)は、時を刺るなり。昏姻(こんいん)時を失い、男女多く違(たが)う。親迎(しんげい)するも、女猶お至らざる者有るなり。 東門の楊(やなぎ)、其の葉牂牂(そうそう)たり。昏(ゆうべ)以て期と為すに、明星煌煌(こうこう)たり。 東門の楊、其の葉肺肺(はいはい)たり。昏以て期と為すに、明星晢晢(せいせい)たり。
現代語訳
「東門之楊」の詩は、その時世を非難したものである。婚姻がふさわしい時期を外し、男女の約束が多く食い違った。夫が自ら妻を迎えに行っても、なお女が来ないことがあったのである。 東門のやなぎ、その葉はさやさやと茂る。夕暮れを約束の時としたのに、明けの明星がきらきらと輝いている。 東門のやなぎ、その葉はふさふさと茂る。夕暮れを約束の時としたのに、明けの明星がきらめいている。
解説
東門のやなぎの下で、夕暮れに会う約束をしたのに相手が来ず、とうとう明けの明星が輝くまで待ち明かした、という情景を歌う。昔の婚礼は夕暮れに行われたので、「昏」は婚の時刻でもある。毛詩序はこれを、婚姻の時期が乱れ、夫が礼に従って迎えに行っても女が来ないことがあった世相を刺った詩と読む。一方、朱熹は男女が会う約束をしながら、一方が約束を違えた歌と見ており、詩そのものからも、待ちぼうけの一夜が浮かぶ。何が起きたのかは一言も書かず、茂る葉と明星だけを描いて、夜が明けるまでの長い時間と落胆を伝えている。約束を破られた側の時間は、破った側が思うよりずっと長い。言葉を尽くさず情景だけで心を語る、国風らしい一篇である。
この章句が説くこと
詩経陳約束待つ婚姻
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