詩経 / 国風・陳風・東門之枌
《東門之枌》,疾亂也。幽公淫荒,風化之所行,男女棄其舊業,亟會於道路,歌舞於市井爾。 東門之枌,宛丘之栩。子仲之子,婆娑其下。 穀旦于差,南方之原。不績其麻,市也婆娑。 穀旦于逝,越以鬷邁。視爾如荍,貽我握椒。
新字:《東門之枌》,疾乱也。幽公淫荒,風化之所行,男女棄其旧業,亟会於道路,歌舞於市井爾。 東門之枌,宛丘之栩。子仲之子,婆娑其下。 穀旦于差,南方之原。不績其麻,市也婆娑。 穀旦于逝,越以鬷邁。視爾如荍,貽我握椒。
書き下し
東門之枌(とうもんのふん)は、乱を疾(にく)むなり。幽公淫荒にして、風化の行わるる所、男女其の旧業を棄て、亟(しばしば)道路に会し、市井に歌舞するのみ。 東門の枌(にれ)、宛丘の栩(くぬぎ)。子仲(しちゅう)の子、其の下に婆娑(ばさ)たり。 穀旦(こくたん)于(ここ)に差(えら)ぶ、南方の原。其の麻を績(う)まず、市に婆娑たり。 穀旦于に逝(ゆ)き、越(ここ)に鬷(あつ)まり以て邁(ゆ)く。爾(なんじ)を視ること荍(きょう)の如し、我に握椒(あくしょう)を貽(おく)る。
現代語訳
「東門之枌」の詩は、乱れた世をにくんだものである。陳の幽公がみだらな遊びにふけり、その風が国中に及んだので、男女がそれぞれ本来の仕事を捨て、しばしば道で落ち合い、町中で歌い踊るばかりであった。 東門のにれの木、宛丘のくぬぎの木。子仲家の娘さんが、その木陰でくるくると舞う。 よき日を選んで、南の野原へ出かける。麻を紡ぐこともしないで、市(いち)の広場でくるくると舞う。 よき日に連れ立って出かけ、大勢集まって進んでいく。あなたはまるで錦葵(ぜにあおい)の花のよう、私にひと握りの山椒の実をくれた。
解説
東門のにれや宛丘のくぬぎの木陰で、娘が舞い、よき日を選んで男女が連れ立って野に出かけ、花のようなあなたが山椒の実をくれた、と歌う。毛詩序は、君主の遊蕩が国中に広がり、男女が仕事を捨てて道や市で歌舞するようになった乱れを嫌った詩と読む。一方、朱熹は陳の男女が集まって歌い舞い、互いに思いを交わす歌と見ており、詩そのものからは、祭りの日の出会いと贈り物という、明るい恋の場面が浮かぶ。「麻を績まず」の一句だけが、仕事を放り出していると咎める視線を思わせる。山椒の実は香りが強く実が多いことから、贈り物として好まれたと考えられている。同じ光景が、当人たちには晴れの日の喜びであり、外から見る人には風紀の乱れに映る。どちらの目で見るかで詩の色が変わる好例である。
この章句が説くこと
詩経陳恋祭り贈り物
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