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詩経 / 国風・陳風・宛丘

《宛丘》,刺幽公也。淫荒昏亂,遊蕩無度焉。 子之湯兮,宛丘之上兮。洵有情兮,而無望兮。 坎其擊鼓,宛丘之下。無冬無夏,值其鷺羽。 坎其擊缶,宛丘之道。無冬無夏,值其鷺翿。

新字:《宛丘》,刺幽公也。淫荒昏乱,遊蕩無度焉。 子之湯兮,宛丘之上兮。洵有情兮,而無望兮。 坎其撃鼓,宛丘之下。無冬無夏,値其鷺羽。 坎其撃缶,宛丘之道。無冬無夏,値其鷺翿。

書き下し

宛丘(えんきゅう)は、幽公(ゆうこう)を刺るなり。淫荒(いんこう)昏乱(こんらん)にして、遊蕩(ゆうとう)度無し。 子の湯(とう)たる、宛丘の上に。洵(まこと)に情有り、而れども望(のぞ)み無し。 坎(かん)として其れ鼓を撃つ、宛丘の下に。冬と無く夏と無く、其の鷺羽(ろう)を値(た)つ。 坎として其れ缶(ふ)を撃つ、宛丘の道に。冬と無く夏と無く、其の鷺翿(ろとう)を値つ。

現代語訳

「宛丘」の詩は、陳の幽公を非難したものである。みだらな遊びにふけって道理に暗く、遊び歩くのに節度がなかったのである。 あなたが浮かれて舞っている、宛丘の丘の上で。まことに心惹かれるけれど、仰ぎ見るべき威厳はない。 ドンドンと太鼓を打つ、宛丘の丘のふもとで。冬も夏もおかまいなく、白鷺の羽を手に掲げて舞う。 ドンドンと瓦の甕(かめ)を打つ、宛丘へ続く道で。冬も夏もおかまいなく、白鷺の羽飾りを手に掲げて舞う。

解説

陳の都にあった宛丘という丘で、太鼓や甕を打ち鳴らし、白鷺の羽を手に一年中舞い続ける人を歌った詩である。毛詩序はこれを、遊びにふけって節度のない陳の幽公を刺ったものと読む。「情有り、望み無し」を、心は浮かれているが人の仰ぎ見る威儀がない、と解するのである。一方、朱熹は特定の君主を指すとは限らず、遊び暮らす人を刺った詩とし、さらに舞う人に心を寄せながらも思いがかなわない恋の歌として読む近代の解釈もある。陳は巫の舞を好む土地柄と伝えられ、宛丘での歌舞もその風俗を映していると見られる。季節を問わず舞うことは、祭りの熱気が日常を飲み込んだ姿とも言える。楽しみそのものは悪くないが、場と時をわきまえないとき、人はそれを「度無し」と見る。遊びと務めの境目を考えさせる詩である。

この章句が説くこと

詩経陳舞遊び節度

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