詩経 / 国風・唐風・葛生
《葛生》,刺晉獻公也。好攻戰,則國人多喪矣。 葛生蒙楚,蘞蔓于野。予美亡此,誰與獨處! 葛生蒙棘,蘞蔓于域。予美亡此,誰與獨息! 角枕粲兮,錦衾爛兮。予美亡此,誰與獨旦! 夏之日,冬之夜,百歲之後,歸于其居! 冬之夜,夏之日,百歲之後,歸于其室!
新字:《葛生》,刺晋献公也。好攻戦,則国人多喪矣。 葛生蒙楚,蘞蔓于野。予美亡此,誰与独処! 葛生蒙棘,蘞蔓于域。予美亡此,誰与独息! 角枕粲兮,錦衾爛兮。予美亡此,誰与独旦! 夏之日,冬之夜,百歳之後,帰于其居! 冬之夜,夏之日,百歳之後,帰于其室!
書き下し
葛生(かっせい)は、晋の献公を刺るなり。攻戦を好めば、則ち国人喪(うしな)うもの多し。 葛(くず)生じて楚(いばら)を蒙(おお)い、蘞(れん)野に蔓(はびこ)る。予(わ)が美(び)此(ここ)に亡し、誰と与(とも)にせん、独り処(お)る。 葛生じて棘(いばら)を蒙い、蘞域(はか)に蔓る。予が美此に亡し、誰と与にせん、独り息(いこ)う。 角枕(かくちん)粲(さん)たり、錦衾(きんきん)爛(らん)たり。予が美此に亡し、誰と与にせん、独り旦(あか)す。 夏の日、冬の夜、百歳の後、其の居に帰(き)せん。 冬の夜、夏の日、百歳の後、其の室に帰せん。
現代語訳
「葛生」の詩は、晋の献公をそしったものである。献公が戦を好んだので、国の人々の多くが家族を失ったのである。 葛が伸びていばらを覆い、やぶからしが野にはびこる。わたしの愛しい人はもうここにいない、誰と一緒にいられよう、ひとりきりで過ごす。 葛が伸びていばらを覆い、やぶからしが墓地にはびこる。わたしの愛しい人はもうここにいない、誰と一緒にいられよう、ひとりきりで休む。 角で飾った枕はきらびやかに、錦のふとんはあでやかに輝く。わたしの愛しい人はもうここにいない、誰と一緒にいられよう、ひとりきりで夜を明かす。 長い夏の日、長い冬の夜。百年ののちには、わたしもあの人の住まいへ行こう。 長い冬の夜、長い夏の日。百年ののちには、わたしもあの人の眠る部屋へ行こう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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