詩経 / 国風・唐風・羔裘
《羔裘》,刺時也。晉人刺其在位不恤其民也。 羔裘豹袪,自我人居居。豈無他人?維子之故! 羔裘豹褎,自我人究究。豈無他人?維子之好!
新字:《羔裘》,刺時也。晋人刺其在位不恤其民也。 羔裘豹袪,自我人居居。豈無他人?維子之故! 羔裘豹褎,自我人究究。豈無他人?維子之好!
書き下し
羔裘(こうきゅう)は、時を刺るなり。晋人、其の位に在るもの其の民を恤(あわれ)まざるを刺るなり。 羔裘豹袪(ひょうきょ)、我が人に自(お)いて居居(きょきょ)たり。豈に他人無からんや、維(こ)れ子(し)の故なり。 羔裘豹褎(ひょうしゅう)、我が人に自いて究究(きゅうきゅう)たり。豈に他人無からんや、維れ子の好(よしみ)なり。
現代語訳
「羔裘」の詩は、当時の世をそしったものである。晋の人々が、位にある者が民をいたわらないことをそしったのである。 子羊の皮衣に豹の皮の袖口、わたしたち民に対して尊大にふんぞり返っている。ほかに仕える人がいないわけではないが、ただ昔からのあなたとのよしみがあるから。 子羊の皮衣に豹の皮の袖、わたしたち民に対して意地悪く冷たい。ほかに仕える人がいないわけではないが、ただ昔からのあなたとの親しさがあるから。
解説
子羊の皮衣に豹の皮の袖口という大夫の礼装に身を包みながら、民には尊大で冷たい役人を歌う。「ほかに人がいないわけではない、ただ昔からのよしみがあるから離れずにいるのだ」という言葉に、民の我慢と、それでも見捨てきれない情が込められている。毛詩序は、晋の位にある者が民をいたわらないことをそしった詩と読み、朱熹は、詩の意味がはっきりしないとしながらも同様の読みを示している。鄭風にも同名の「羔裘」があるが、そちらは大夫をたたえる詩で、こちらはそしる詩である。立派な装いと中身が釣り合わない者への皮肉は、今の世の肩書にもそのまま当てはまる。人が去らずにいるのは、相手が立派だからではなく、昔のよしみに引き止められているにすぎないことがある。それに甘えていては、いずれ誰もいなくなる。
この章句が説くこと
詩経唐役人傲慢民
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