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詩経 / 国風・魏風・碩鼠

《碩鼠》,刺重斂也。國人刺其君重斂,蠶食於民,不修其政,貪而畏人,若大鼠也。 碩鼠碩鼠,無食我黍!三歲貫女,莫我肯顧。逝將去女,適彼樂土。樂土樂土,爰得我所! 碩鼠碩鼠,無食我麥!三歲貫女,莫我肯德。逝將去女,適彼樂國。樂國樂國,爰得我直! 碩鼠碩鼠,無食我苗!三歲貫女,莫我肯勞。逝將去女,適彼樂郊。樂郊樂郊,誰之永號!

新字:《碩鼠》,刺重斂也。国人刺其君重斂,蠶食於民,不修其政,貪而畏人,若大鼠也。 碩鼠碩鼠,無食我黍!三歳貫女,莫我肯顧。逝将去女,適彼楽土。楽土楽土,爰得我所! 碩鼠碩鼠,無食我麦!三歳貫女,莫我肯徳。逝将去女,適彼楽国。楽国楽国,爰得我直! 碩鼠碩鼠,無食我苗!三歳貫女,莫我肯労。逝将去女,適彼楽郊。楽郊楽郊,誰之永号!

書き下し

碩鼠(せきそ)は、重斂(じゅうれん)を刺(そし)るなり。国人其の君の重斂し、民を蚕食し、其の政を修めず、貪りて人を畏るること、大鼠の若(ごと)きを刺るなり。 碩鼠碩鼠、我が黍(しょ)を食うこと無かれ。三歳女(なんじ)に貫(つか)うれども、我を肯(あえ)て顧みること莫し。逝(ゆ)きて将に女を去り、彼の楽土に適(ゆ)かんとす。楽土楽土、爰(ここ)に我が所を得ん。 碩鼠碩鼠、我が麦を食うこと無かれ。三歳女に貫うれども、我を肯て徳とすること莫し。逝きて将に女を去り、彼の楽国に適かんとす。楽国楽国、爰に我が直(ただ)しきを得ん。 碩鼠碩鼠、我が苗を食うこと無かれ。三歳女に貫うれども、我を肯て労(ねぎら)うこと莫し。逝きて将に女を去り、彼の楽郊に適かんとす。楽郊楽郊、誰か之(ゆ)きて永く号(さけ)ばん。

現代語訳

「碩鼠」の詩は、重い税の取り立てをそしったものである。国の人々が、君主が重い税を取り立て、蚕が桑を食うように民の財を食い荒らし、政治を正さず、貪欲なくせに人を恐れてこそこそしているさまが、大ねずみのようだとそしったのである。 大ねずみよ、大ねずみよ、わたしの黍(きび)を食べないでくれ。三年もお前に仕えてきたのに、少しもわたしを顧みてくれない。もうお前を見捨てて、あの楽しい土地へ行こう。楽しい土地よ、楽しい土地よ、そこでこそわたしの居場所が得られるだろう。 大ねずみよ、大ねずみよ、わたしの麦を食べないでくれ。三年もお前に仕えてきたのに、少しもわたしに恩を感じてくれない。もうお前を見捨てて、あの楽しい国へ行こう。楽しい国よ、楽しい国よ、そこでこそわたしは正しく報われるだろう。 大ねずみよ、大ねずみよ、わたしの苗を食べないでくれ。三年もお前に仕えてきたのに、少しもわたしをねぎらってくれない。もうお前を見捨てて、あの楽しい郊外へ行こう。楽しい郊外よ、楽しい郊外よ、そこへ行けば誰がいつまでも嘆き叫ぶことがあろう。

解説

民が汗して育てた黍・麦・苗を食い荒らす大ねずみに呼びかけ、三年も仕えたのに顧みてくれないお前を捨てて、楽土へ行くと宣言する。重税に苦しむ民の怒りを、率直な言葉で歌った詩である。毛詩序は、魏の君主が重い税を取り立て、民を蚕食し、貪欲なうえに人を恐れてこそこそするさまを大ねずみにたとえた、と読む。「蚕食」の語は序の言葉として知られ、朱熹も同じく重税をそしる詩と見ている。序と詩の姿はここでは一致する。「楽土」の語もこの詩から広まった。民は黙って耐えるだけの存在ではなく、報いられなければ去っていく。国であれ組織であれ、人が去り始めたとき、上に立つ者が大ねずみになっていないかを省みる必要がある。

この章句が説くこと

詩経魏重税楽土民

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