詩経 / 国風・唐風・椒聊
《椒聊》,刺晉昭公也。君子見沃之盛彊,能脩其政,知其蕃衍盛大,子孫將有晉國焉。 椒聊之實,蕃衍盈升。彼其之子,碩大無朋。椒聊且!遠條且! 椒聊之實,蕃衍盈匊。彼其之子,碩大且篤。椒聊且!遠條且!
新字:《椒聊》,刺晋昭公也。君子見沃之盛彊,能脩其政,知其蕃衍盛大,子孫将有晋国焉。 椒聊之実,蕃衍盈升。彼其之子,碩大無朋。椒聊且!遠条且! 椒聊之実,蕃衍盈匊。彼其之子,碩大且篤。椒聊且!遠条且!
書き下し
椒聊(しょうりょう)は、晋の昭公を刺るなり。君子、沃の盛彊(せいきょう)にして、能く其の政を脩むるを見、其の蕃衍(はんえん)盛大にして、子孫将に晋国を有(たも)たんとするを知る。 椒聊(さんしょう)の実、蕃衍して升(しょう)に盈(み)つ。彼の其の子、碩大にして朋(とも)無し。椒聊且(しょ)、遠条(えんじょう)且。 椒聊の実、蕃衍して匊(きく)に盈つ。彼の其の子、碩大にして且つ篤し。椒聊且、遠条且。
現代語訳
「椒聊」の詩は、晋の昭公をそしったものである。君子は、曲沃(きょくよく)が盛んで強く、よく政治を治めているのを見て、その一族が盛んに増え広がり、子孫がやがて晋の国を手に入れるだろうと悟ったのである。 山椒の実は、たわわに実って一升ますにあふれるほど。あの人は、大きく立派で並ぶ者がない。山椒よ、枝は遠くまで伸びている。 山椒の実は、たわわに実って両手にあふれるほど。あの人は、大きく立派で、しかも手厚い。山椒よ、枝は遠くまで伸びている。
解説
山椒の実がますにあふれるほどたわわに実り、枝が遠くまで伸びているさまを歌い、「あの人は大きく立派で並ぶ者がない」とたたえる。毛詩序は、曲沃の桓叔が政治をよく修め、一族が山椒の実のように増え広がり、やがてその子孫が晋を奪うだろうと、君子が見抜いてそしった詩と読んだ。実際に曲沃の系統は後に晋の本家を倒し、武公が晋の君となる。朱熹は、誰を指すかは分からないとしつつ、子孫の繁栄をたたえる詩と見た。山椒は実が多いことから、後世、子孫繁栄の象徴とされ、漢の皇后の住まいが「椒房」と呼ばれたのもその縁による。詩の言葉は祝福そのものだが、序の読みを重ねると、その繁栄の影に本家の衰えが見えてくる。一方の盛りは、しばしば他方の衰えと表裏をなすのである。
この章句が説くこと
詩経唐繁栄山椒曲沃
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