詩経 / 国風・唐風・揚之水
《揚之水》,刺晉昭公也。昭公分國以封沃,沃盛強,昭公微弱,國人將叛而歸沃焉。 揚之水,白石鑿鑿。素衣朱襮,從子于沃。既見君子,云何不樂。 揚之水,白石皓皓。素衣朱繡,從子于鵠。既見君子,云何其憂。 揚之水,白石粼粼。我聞有命,不敢以告人!
新字:《揚之水》,刺晋昭公也。昭公分国以封沃,沃盛強,昭公微弱,国人将叛而帰沃焉。 揚之水,白石鑿鑿。素衣朱襮,従子于沃。既見君子,云何不楽。 揚之水,白石皓皓。素衣朱繍,従子于鵠。既見君子,云何其憂。 揚之水,白石粼粼。我聞有命,不敢以告人!
書き下し
揚之水は、晋の昭公を刺るなり。昭公国を分かちて以て沃(よく)に封ず、沃盛強にして、昭公微弱なり、国人将に叛きて沃に帰せんとす。 揚(あ)がる水、白石鑿鑿(さくさく)たり。素衣朱襮(しゅはく)、子(し)に沃に従わん。既に君子を見る、云(ここ)に何ぞ楽しまざらん。 揚がる水、白石皓皓(こうこう)たり。素衣朱繡(しゅしゅう)、子に鵠(こく)に従わん。既に君子を見る、云に何ぞ其れ憂えん。 揚がる水、白石粼粼(りんりん)たり。我命有るを聞くも、敢えて以て人に告げず。
現代語訳
「揚之水」の詩は、晋の昭公をそしったものである。昭公は国を分けて叔父を曲沃(きょくよく)に封じたが、曲沃は盛んで強くなり、昭公は弱々しかった。それで国の人々は、昭公に背いて曲沃に付こうとしたのである。 勢いよく流れる水の中に、白い石がくっきりと見える。白い衣に朱の襟を付けて、あなたに従って曲沃へ行こう。いまこうして君子にお会いできたからには、どうして楽しまずにいられよう。 勢いよく流れる水の中に、白い石が白々と光っている。白い衣に朱の刺繍を付けて、あなたに従って鵠(こく)の邑へ行こう。いまこうして君子にお会いできたからには、どうして憂えることがあろう。 勢いよく流れる水の中に、白い石が澄んできらめいている。わたしは密かな命令があると聞いたが、決して人には告げはしない。
解説
この章句が説くこと
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