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詩経 / 国風・魏風・十畝之間

《十畝之間》,刺時也。言其國削小,民無所居焉。 十畝之間兮,桑者閑閑兮,行與子還兮! 十畝之外兮,桑者泄泄兮,行與子逝兮!

新字:《十畝之間》,刺時也。言其国削小,民無所居焉。 十畝之間兮,桑者閑閑兮,行与子還兮! 十畝之外兮,桑者泄泄兮,行与子逝兮!

書き下し

十畝之間は、時を刺るなり。其の国削られて小さく、民居る所無きを言う。 十畝(じっぽ)の間、桑者(そうしゃ)閑閑(かんかん)たり、行きて子(し)と還(かえ)らん。 十畝の外、桑者泄泄(えいえい)たり、行きて子と逝(ゆ)かん。

現代語訳

「十畝之間」の詩は、当時の世をそしったものである。国が削られて小さくなり、民が住む所もないことをいう。 十畝ほどの桑畑の中で、桑摘みの人々がのんびりとしている。さあ、あなたと一緒に帰ろう。 十畝ほどの桑畑の外で、桑摘みの人々がゆったりとしている。さあ、あなたと一緒に行こう。

解説

十畝ほどの桑畑で、桑を摘む人々がのんびりと働いている。「さあ、あなたと一緒に帰ろう」と呼びかける、短くのどかな二章の歌である。毛詩序は、魏の国が削られて小さくなり、民が一人あたり十畝ほどの土地しか持てず、住む所もないことをそしった詩と読んだ。朱熹はこれを、政治が乱れ国が危ういので、賢者が朝廷に仕えることを楽しまず、友と連れ立って田園に帰ろうとする歌と解している。詩の言葉そのものからは、夕暮れの桑畑で働き終えた人々が、連れ立って家路につく穏やかな情景が浮かぶ。狭い土地しか持てない民の嘆きとも、官を辞して田園に帰る者の安らぎとも読める。どちらにしても、小さくとも自分の居場所を持ち、そこへ誰かと帰れることの尊さが、この詩の底に流れている。

この章句が説くこと

詩経魏桑農帰郷

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