詩経 / 国風・魏風・園有桃
《園有桃》,刺時也。大夫憂其君國小而迫,而儉以嗇,不能用其民,而無德教,日以侵削,故作是詩也。 園有桃,其實之殽。心之憂矣,我歌且謠。不我知者,謂我士也驕。彼人是哉,子曰何其!心之憂矣,其誰知之?其誰知之,蓋亦勿思! 園有棘,其實之食。心之憂矣,聊以行國。不我知者,謂我士也罔極。彼人是哉,子曰何其!心之憂矣,其誰知之?其誰知之,蓋亦勿思!
新字:《園有桃》,刺時也。大夫憂其君国小而迫,而倹以嗇,不能用其民,而無徳教,日以侵削,故作是詩也。 園有桃,其実之殽。心之憂矣,我歌且謡。不我知者,謂我士也驕。彼人是哉,子曰何其!心之憂矣,其誰知之?其誰知之,蓋亦勿思! 園有棘,其実之食。心之憂矣,聊以行国。不我知者,謂我士也罔極。彼人是哉,子曰何其!心之憂矣,其誰知之?其誰知之,蓋亦勿思!
書き下し
園有桃は、時を刺るなり。大夫、其の君の国小にして迫り、而も倹以て嗇(しょく)、其の民を用うること能わず、而して徳教無く、日に以て侵削せらるるを憂う、故に是の詩を作るなり。 園に桃有り、其の実を之れ殽(くら)う。心の憂うる、我歌い且つ謡(うた)う。我を知らざる者は、我を士や驕(おご)れりと謂う。彼の人是(ぜ)なるかな、子(し)曰(いわ)く何其(いかん)ぞと。心の憂うる、其れ誰かこれを知らん。其れ誰かこれを知らん、蓋(なん)ぞ亦思うこと勿(な)からん。 園に棘(なつめ)有り、其の実を之れ食う。心の憂うる、聊(いささ)か以て国を行(めぐ)る。我を知らざる者は、我を士や極まり罔(な)しと謂う。彼の人是なるかな、子曰く何其ぞと。心の憂うる、其れ誰かこれを知らん。其れ誰かこれを知らん、蓋ぞ亦思うこと勿からん。
現代語訳
「園有桃」の詩は、当時の世をそしったものである。大夫が、君主の国が小さく周りから圧迫され、しかも君主がけちで民をうまく用いることができず、徳による教化もなく、日ごとに領土を削られていくのを憂えて、この詩を作ったのである。 園に桃の木があり、その実を食べる。心が憂いに沈むので、わたしは歌い、また口ずさむ。わたしを知らない者は、あの士はおごっていると言う。「あの人たちのやり方が正しいのだ、あなたは何を言うのか」と。心のこの憂いを、いったい誰がわかってくれよう。誰もわかってくれないのなら、いっそ思うのをやめてしまおうか。 園になつめの木があり、その実を食べる。心が憂いに沈むので、しばらく国じゅうを歩きまわる。わたしを知らない者は、あの士は度を越していると言う。「あの人たちのやり方が正しいのだ、あなたは何を言うのか」と。心のこの憂いを、いったい誰がわかってくれよう。誰もわかってくれないのなら、いっそ思うのをやめてしまおうか。
解説
この章句が説くこと
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