詩経 / 国風・斉風・載駆
《載驅》,齊人刺襄公也。無禮義故,盛其車服,疾驅於通道大都,與文姜淫播其惡於萬民焉。 載驅薄薄,簟茀朱鞹。魯道有蕩,齊子發夕。 四驪濟濟,垂轡濔濔。魯道有蕩,齊子豈弟。 汶水湯湯,行人彭彭。魯道有蕩,齊子翱翔。 汶水滔滔,行人儦儦。魯道有蕩,齊子遊敖。
新字:《載駆》,斉人刺襄公也。無礼義故,盛其車服,疾駆於通道大都,与文姜淫播其悪於万民焉。 載駆薄薄,簟茀朱鞹。魯道有蕩,斉子発夕。 四驪済済,垂轡濔濔。魯道有蕩,斉子豈弟。 汶水湯湯,行人彭彭。魯道有蕩,斉子翱翔。 汶水滔滔,行人儦儦。魯道有蕩,斉子遊敖。
書き下し
載驅(さいく)は、斉人、襄公を刺るなり。礼義無き故に、其の車服を盛んにし、通道大都に疾駆し、文姜と淫して其の悪を万民に播(し)く。 載(すなわ)ち駆けて薄薄(はくはく)たり、簟茀(てんふつ)朱鞹(しゅかく)。魯道蕩(とう)たる有り、斉子発夕(はっせき)す。 四驪(しり)済済(せいせい)たり、垂轡(すいひ)濔濔(でいでい)たり。魯道蕩たる有り、斉子豈弟(がいてい)たり。 汶水(ぶんすい)湯湯(しょうしょう)たり、行人彭彭(ほうほう)たり。魯道蕩たる有り、斉子翱翔(こうしょう)す。 汶水滔滔(とうとう)たり、行人儦儦(ひょうひょう)たり。魯道蕩たる有り、斉子遊敖(ゆうごう)す。
現代語訳
「載驅」の詩は、斉の人々が襄公をそしったものである。礼儀をわきまえないので、車や衣服を豪華にし、大通りや大きな町を疾走し、文姜と淫らな関係を結んで、その悪を民衆にまき散らしたのである。 車はがらがらと音を立てて走る、竹の簾の覆いに朱塗りの革。魯への道は平らで広い、斉の姫(文姜)は夕べに出発する。 四頭の黒馬は美しくそろい、垂れた手綱はしなやかに揺れる。魯への道は平らで広い、斉の姫は悠々と楽しげに進む。 汶水(ぶんすい)はみなぎって流れ、道行く人は大勢いる。魯への道は平らで広い、斉の姫は鳥が舞うように気ままに行く。 汶水はとうとうと流れ、道行く人はぞろぞろと多い。魯への道は平らで広い、斉の姫はのんびりと遊び歩く。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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