詩経 / 国風・鄭風・溱洧
《溱洧》,刺亂也。兵革不息,男女相棄,淫風大行,莫之能救焉。 溱與洧,方渙渙兮。士與女,方秉蕳兮。女曰:觀乎?士曰:既且。且往觀乎!洧之外,洵訏且樂。維士與女,伊其相謔,贈之以勺藥。 溱與洧,瀏其清矣。士與女,殷其盈矣。女曰:觀乎?士曰:既且。且往觀乎!洧之外,洵訏且樂。維士與女,伊其將謔,贈之以勺藥。
新字:《溱洧》,刺乱也。兵革不息,男女相棄,淫風大行,莫之能救焉。 溱与洧,方渙渙兮。士与女,方秉蕳兮。女曰:観乎?士曰:既且。且往観乎!洧之外,洵訏且楽。維士与女,伊其相謔,贈之以勺薬。 溱与洧,瀏其清矣。士与女,殷其盈矣。女曰:観乎?士曰:既且。且往観乎!洧之外,洵訏且楽。維士与女,伊其将謔,贈之以勺薬。
書き下し
溱洧(しんい)は、乱を刺(そし)るなり。兵革息まず、男女相棄て、淫風大いに行われ、これを能く救うこと莫し。 溱と洧と、方(まさ)に渙渙(かんかん)たり。士と女と、方に蕳(かん)を秉(と)る。女曰く、観んか、と。士曰く、既にせり、と。且(しばら)く往きて観んか、洧の外、洵(まこと)に訏(おお)いにして且つ楽し、と。維(こ)れ士と女と、伊(こ)れ其れ相謔(たわむ)れ、これに贈るに勺薬(しゃくやく)を以てす。 溱と洧と、瀏(りゅう)として其れ清し。士と女と、殷(いん)として其れ盈(み)てり。女曰く、観んか、と。士曰く、既にせり、と。且く往きて観んか、洧の外、洵に訏いにして且つ楽し、と。維れ士と女と、伊れ其れ将(まさ)に謔れんとし、これに贈るに勺薬を以てす。
現代語訳
「溱洧」の詩は、世の乱れをそしったものである。戦が絶えず、男女は互いに見捨て合い、みだらな風俗が広く行われて、誰もこれを救うことができなかったことをいう。 溱(しん)の川と洧(い)の川は、いまちょうど水がみなぎって流れている。若い男と娘は、手に手に香草の蘭を持っている。娘が言う、「見に行かない?」。男が言う、「もう行ってきたよ」。「もう一度行って見ましょうよ。洧の川の向こうは、ほんとうに広々として楽しいのよ」。そうして男と娘は、ふざけ合い、芍薬の花を贈り合う。 溱の川と洧の川は、さらさらと澄んで流れている。若い男と娘が、あふれるほどに集まっている。娘が言う、「見に行かない?」。男が言う、「もう行ってきたよ」。「もう一度行って見ましょうよ。洧の川の向こうは、ほんとうに広々として楽しいのよ」。そうして男と娘は、ふざけ合おうとして、芍薬の花を贈り合う。
解説
この章句が説くこと
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