詩経 / 国風・鄭風・出其東門
《出其東門》,閔亂也。公子五爭,兵革不息,男女相棄,民人思保其室家焉。 出其東門,有女如雲。雖則如雲,匪我思存。縞衣綦巾,聊樂我員。 出其闉闍,有女如荼。雖則如荼,匪我思且。縞衣茹藘,聊可與娛。
新字:《出其東門》,閔乱也。公子五争,兵革不息,男女相棄,民人思保其室家焉。 出其東門,有女如雲。雖則如雲,匪我思存。縞衣綦巾,聊楽我員。 出其闉闍,有女如荼。雖則如荼,匪我思且。縞衣茹藘,聊可与娯。
書き下し
出其東門は、乱を閔(うれ)うるなり。公子五たび争い、兵革息(や)まず、男女相棄て、民人其の室家を保たんことを思う。 其の東門を出づれば、女有り雲の如し。則ち雲の如しと雖も、我が思いの存するに匪(あら)ず。縞衣(こうい)綦巾(ききん)、聊(いささ)か我を楽しましむ。 其の闉闍(いんと)を出づれば、女有り荼(ちばな)の如し。則ち荼の如しと雖も、我が思いの且(ここ)に匪ず。縞衣茹藘(じょりょ)、聊か与(とも)に娯しむ可し。
現代語訳
「出其東門」の詩は、世の乱れを嘆いたものである。鄭の公子たちが五度も君位を争い、戦が絶えず、男女は互いに見捨て合い、人々は自分の家庭を守りたいと願ったのである。 東の門を出てみれば、雲のように大勢の娘たち。雲のように大勢いても、わたしの思う人はそこにはいない。白い衣に萌黄の頭巾のあの人こそが、わたしをひとまず楽しませてくれる。 城門の外郭を出てみれば、ちがやの白い穂のように大勢の娘たち。ちがやの穂のように大勢いても、わたしの思う人はそこにはいない。白い衣にあかね色の頭巾のあの人とこそ、ともに楽しむことができる。
解説
城門の外に雲のように集まる華やかな娘たちの中にあっても、自分の心は粗末な白い衣と萌黄の頭巾の人にだけある、と男が歌う。毛詩序は、鄭の公子たちが五たび君位を争って戦が絶えず、家族が離散するなかで、人々が自分の家を守りたいと願った詩と読む。「公子五争」は、鄭の荘公の死後、太子忽と公子突らが君位を奪い合った内紛を指すとされる。朱熹は、みだらな風のなかにあって、自分の妻を思う者の歌と見た。いずれの読みでも、ここに歌われるのは、多くの華やかなものに目を奪われず、身近な一人を大切にする心である。質素な身なりの相手を「聊か我を楽しましむ」と言い切るところに、この詩の誠実さがある。乱れた世ほど、人は自分の家と、そこにいる一人を守ろうとする。
この章句が説くこと
詩経鄭夫婦乱世誠実
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