詩経 / 国風・鄭風・子衿
《子衿》,刺學校廢也。亂世則學校不脩焉。 青青子衿,悠悠我心。縱我不往,子寧不嗣音? 青青子佩,悠悠我思。縱我不往,子寧不來? 挑兮達兮,在城闕兮。一日不見,如三月兮!
新字:《子衿》,刺学校廃也。乱世則学校不脩焉。 青青子衿,悠悠我心。縦我不往,子寧不嗣音? 青青子佩,悠悠我思。縦我不往,子寧不来? 挑兮達兮,在城闕兮。一日不見,如三月兮!
書き下し
子衿(しきん)は、学校の廃(すた)るるを刺るなり。乱世には則ち学校脩(おさ)まらず。 青青たる子が衿(えり)、悠悠たる我が心。縦(たと)い我往かずとも、子寧(なん)ぞ音を嗣(つ)がざる。 青青たる子が佩(はい)、悠悠たる我が思い。縦い我往かずとも、子寧ぞ来たらざる。 挑(とう)たり達(たつ)たり、城闕(じょうけつ)に在り。一日見ざれば、三月の如し。
現代語訳
「子衿」の詩は、学校がすたれたことをそしったものである。乱れた世には学校がきちんと営まれないのである。 青々としたあなたの襟、はるかに思いつづけるわたしの心。たとえわたしが行かなくても、どうしてあなたは便りをくれないの。 青々としたあなたの佩び玉のひも、はるかに思いつづけるわたしの思い。たとえわたしが行かなくても、どうしてあなたは来てくれないの。 行ったり来たりして、城門の物見台の上で待つ。一日会わないだけで、三か月も会わないように思える。
解説
青い襟の恋人を思い、「わたしが行かなくても、どうして便りをくれないの」「一日会わないだけで三か月のよう」と待ちわびる歌である。毛伝は「青衿」を学生の服とし、毛詩序は乱世で学校がすたれ、学ぶ者が去ってしまったことをそしった詩と読んだ。朱熹はこれを男女の奔る詩と見る。詩の言葉だけを読めば、城壁の物見台を行き来しながら相手を待つ、若い恋の焦りである。後漢末の曹操は「短歌行」で「青青たる子が衿、悠悠たる我が心」をそのまま引き、恋の句を賢才を求める思いに転じた。毛詩序が学びと人材の歌として読んだ伝統が、こうして生き続けたともいえる。待つ側の時間は長く、来ない側の時間は短い。その非対称は、恋にも、人を待つ仕事にも通じる。
この章句が説くこと
詩経鄭恋学校曹操
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