詩経 / 国風・鄭風・狡童
《狡童》,刺忽也。不能與賢人圖事,權臣擅命也。 彼狡童兮,不與我言兮。維子之故,使我不能餐兮! 彼狡童兮,不與我食兮。維子之故,使我不能息兮!
新字:《狡童》,刺忽也。不能与賢人図事,権臣擅命也。 彼狡童兮,不与我言兮。維子之故,使我不能餐兮! 彼狡童兮,不与我食兮。維子之故,使我不能息兮!
書き下し
狡童は、忽を刺るなり。賢人と事を図ること能わず、権臣、命を擅(ほしいまま)にするなり。 彼の狡童(こうどう)、我と言わず。維(こ)れ子(し)の故に、我をして餐(くら)うこと能わざらしむ。 彼の狡童、我と食わず。維れ子の故に、我をして息(いこ)うこと能わざらしむ。
現代語訳
「狡童」の詩は、鄭の忽をそしったものである。忽が賢人とともに政事を図ることができず、権力をもつ臣下が君命をほしいままにしていたことをいう。 あのこずるい若者は、わたしと口をきいてくれない。あなたのせいで、わたしは食事ものどを通らない。 あのこずるい若者は、わたしと一緒に食事をしてくれない。あなたのせいで、わたしは心安らかに休むこともできない。
解説
口をきいてくれない、一緒に食べてくれない若者のせいで、食事ものどを通らず、休むこともできない、と訴える恋の歌である。毛詩序はこれを、鄭の忽が賢人と政事を図らず、権臣が命令をほしいままにしたことをそしる詩とし、「狡童」を忽に当てた。臣下が君主を「こずるい小僧」と呼ぶのは筋が通らないとして、この読みには後に疑問も出され、朱熹は男女のすれ違いの歌として読み直している。詩の言葉は短く、同じ形の二章をくり返すだけだが、相手の一つのふるまいで食も眠りも乱れる心の弱さがよく出ている。人の心をこれほど左右する相手がいることは、苦しみであると同時に、生きている手触りでもある。相手に振り回されていると気づくことが、心を取り戻す第一歩になる。
この章句が説くこと
詩経鄭恋失恋狡童
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