詩経 / 国風・鄭風・羔裘
《羔裘》,刺朝也。言古之君子,以風其朝焉。 羔裘如濡,洵直且侯。彼其之子,舍命不渝。 羔裘豹飾,孔武有力。彼其之子,邦之司直。 羔裘晏兮,三英粲兮。彼其之子,邦之彥兮。
新字:《羔裘》,刺朝也。言古之君子,以風其朝焉。 羔裘如濡,洵直且侯。彼其之子,舎命不渝。 羔裘豹飾,孔武有力。彼其之子,邦之司直。 羔裘晏兮,三英粲兮。彼其之子,邦之彦兮。
書き下し
羔裘(こうきゅう)は、朝を刺るなり。古の君子を言いて、以て其の朝を風するなり。 羔裘濡(うるお)えるが如し、洵(まこと)に直にして且つ侯(うるわ)し。彼の其の子は、命を舎(す)つるとも渝(かわ)らず。 羔裘豹の飾り、孔(はなは)だ武にして力有り。彼の其の子は、邦の司直(しちょく)なり。 羔裘晏(あん)たり、三英粲(さん)たり。彼の其の子は、邦の彦(げん)なり。
現代語訳
「羔裘」の詩は、当時の朝廷を風刺したものである。昔の立派な君子のありさまを述べて、今の朝廷を諷したのである。 子羊の皮衣はしっとりとつやがあり、着る人はまことにまっすぐで立派だ。あのお方は、命を捨てても節を変えることはない。 子羊の皮衣は豹の皮で縁取られ、着る人はたいそう勇ましく力強い。あのお方は、国の不正をただす人である。 子羊の皮衣は鮮やかに輝き、三つの飾りがきらびやかに映える。あのお方は、国の俊才である。
解説
子羊の皮衣をまとった大夫の姿をたたえ、その人は命を捨てても節を変えず、国の不正をただし、国の俊才である、と歌う詩である。毛詩序は、昔の君子のありさまを述べて今の朝廷を諷したもの、つまり今の朝廷にはこのような人物がいないことを暗に刺ったものとする。羔裘は大夫が朝廷で着る礼服で、豹の皮の縁取りは武の象徴とされた。朱熹はこれを素直に、鄭の大夫の立派な姿をたたえた歌と読んでいる。衣服の描写と人物の徳とを章ごとに重ね合わせていく書き方は、「緇衣」とも通じる。「命を舎つるとも渝らず」は、死に臨んでも節操を変えないという意味で、後世、士大夫の節義を言う言葉として引かれた。立派な服にふさわしい中身を持つ人がいるかどうか、それは組織の質を測る一つの物差しである。
この章句が説くこと
詩経節義大夫鄭風刺
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