詩経 / 国風・王風・君子于役
《君子于役》,刺平王也。君子行役無期度,大夫思其危難以風焉。 君子于役,不知其期,曷至哉?雞棲于塒,日之夕矣,羊牛下來。君子于役,如之何勿思! 君子于役,不日不月,曷其有佸?雞棲于桀,日之夕矣,羊牛下括。君子于役,苟無饑渴?
新字:《君子于役》,刺平王也。君子行役無期度,大夫思其危難以風焉。 君子于役,不知其期,曷至哉?鶏棲于塒,日之夕矣,羊牛下来。君子于役,如之何勿思! 君子于役,不日不月,曷其有佸?鶏棲于桀,日之夕矣,羊牛下括。君子于役,苟無饑渇?
書き下し
君子于役(くんしうえき)は、平王を刺るなり。君子行役して期度無く、大夫其の危難を思いて以て風す。 君子役(えき)に于(ゆ)く、其の期を知らず、曷(いつ)か至らんや。雞(にわとり)は塒(ねぐら)に棲み、日の夕べなる、羊牛下り来たる。君子役に于く、之を如何(いかん)ぞ思う勿(な)からん。 君子役に于く、日ならず月ならず、曷か其れ佸(あ)うこと有らん。雞は桀(くい)に棲み、日の夕べなる、羊牛下り括(いた)る。君子役に于く、苟(いやしく)も饑渇(きかつ)すること無かれ。
現代語訳
「君子于役」の詩は、周の平王を風刺したものである。君子が兵役に出たまま、その期限も定めがないので、大夫はその身の危険を思って、これを諷したのである。 夫は役目で遠くに出たまま、いつ帰るか分からない、いつになったら戻るのだろう。鶏は土壁のねぐらに入り、日は暮れて、羊や牛が山から下りてくる。夫は役目で遠くに出たまま、どうして思わずにいられよう。 夫は役目で遠くに出たまま、日を数えても月を数えても分からない、いつになったら会えるのだろう。鶏はとまり木に入り、日は暮れて、羊や牛が山から下りて戻ってくる。夫は役目で遠くに出たまま、せめて飢えや渇きに苦しんでいなければよいが。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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