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詩経 / 国風・衛風・木瓜

《木瓜》,美齊桓公也。衛國有狄人之敗,出處於漕,齊桓公救而封之,遺之車馬器服焉。衛人思之,欲厚報之,而作是詩也。 投我以木瓜,報之以瓊琚。匪報也,永以為好也。 投我以木桃,報之以瓊瑤。匪報也。永以為好也。 投我以木李,報之以瓊玖。匪報也,永以為好也。

新字:《木瓜》,美斉桓公也。衛国有狄人之敗,出処於漕,斉桓公救而封之,遺之車馬器服焉。衛人思之,欲厚報之,而作是詩也。 投我以木瓜,報之以瓊琚。匪報也,永以為好也。 投我以木桃,報之以瓊瑤。匪報也。永以為好也。 投我以木李,報之以瓊玖。匪報也,永以為好也。

書き下し

木瓜(ぼっか)は、斉の桓公を美むるなり。衛国に狄人の敗有り、出でて漕に処る。斉の桓公救いてこれを封じ、これに車馬器服を遺(おく)る。衛人これを思い、厚くこれに報いんと欲して、是の詩を作るなり。 我に投ずるに木瓜を以てす、これに報ゆるに瓊琚(けいきょ)を以てす。報ゆるに匪(あら)ざるなり、永く以て好(よしみ)と為さんとするなり。 我に投ずるに木桃(もくとう)を以てす、これに報ゆるに瓊瑶(けいよう)を以てす。報ゆるに匪ざるなり。永く以て好と為さんとするなり。 我に投ずるに木李(もくり)を以てす、これに報ゆるに瓊玖(けいきゅう)を以てす。報ゆるに匪ざるなり、永く以て好と為さんとするなり。

現代語訳

「木瓜」の詩は、斉の桓公をたたえたものである。衛の国は狄に敗れ、都を出て漕の町に身を寄せていた。斉の桓公はこれを救って国を再び立て、車や馬、器物や衣服を贈った。衛の人々はその恩を思い、手厚く報いたいと願って、この詩を作ったのである。 あなたが私に木瓜(ぼけ)の実を投げてくれたので、私は美しい佩玉(はいぎょく)でお返しする。お返しのつもりではない、いつまでも仲良くしていたいからだ。 あなたが私に木桃(ぼけの一種)の実を投げてくれたので、私は美しい玉でお返しする。お返しのつもりではない、いつまでも仲良くしていたいからだ。 あなたが私に木李(まるめろ)の実を投げてくれたので、私は美しい黒玉でお返しする。お返しのつもりではない、いつまでも仲良くしていたいからだ。

解説

木の実を投げられたら玉を返す、それはお返しではなく末長く仲良くしたいからだ、と三度繰り返す詩である。毛詩序は、狄に敗れた衛を斉の桓公が救い、車馬や器物を贈ったので、衛の人がその恩に厚く報いたいと願った歌とする。これに対し朱熹は、男女が贈り物を交わし合う歌であろうと読み直した。女性が意中の男性に果物を投げ、男性が佩玉を返して応える、という求愛の習俗を思わせる形であり、詩の言葉からは後者のほうが自然に読める。いずれにせよ、この詩の芯は、受けたものより大きく返すことで、関係を損得の清算ではなく末長い絆にしようとする心である。「木瓜の報い」「投桃報李」はこの詩に由来する言葉で、贈答の心得として長く語られてきた。贈り物の本当の意味は、釣り合いではなく、続けたいという意思を形にすることにある。

この章句が説くこと

詩経贈答恩報い衛

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