詩経 / 国風・衛風・伯兮
《伯兮》,刺時也。言君子行役,為王前驅,過時而不反焉。 伯兮朅兮,邦之桀兮。伯也執殳,為王前驅。 自伯之東,首如飛蓬。豈無膏沐?誰適為容! 其雨其雨,杲杲出日。願言思伯,甘心首疾! 焉得諼草,言樹之背?願言思伯,使我心痗!
新字:《伯兮》,刺時也。言君子行役,為王前駆,過時而不反焉。 伯兮朅兮,邦之桀兮。伯也執殳,為王前駆。 自伯之東,首如飛蓬。豈無膏沐?誰適為容! 其雨其雨,杲杲出日。願言思伯,甘心首疾! 焉得諼草,言樹之背?願言思伯,使我心痗!
書き下し
伯兮(はくけい)は、時を刺るなり。君子行役(こうえき)し、王の為に前駆し、時を過ぎて反(かえ)らざるを言うなり。 伯や朅(けつ)たり、邦の桀(けつ)なり。伯や殳(しゅ)を執り、王の為に前駆す。 伯の東してより、首は飛蓬(ひほう)の如し。豈(あに)膏沐(こうもく)無からんや、誰を適(あるじ)として容(かたち)を為さん。 其れ雨ふれ其れ雨ふれと、杲杲(こうこう)として日出づ。願(ここ)に言に伯を思い、心に甘んじて首疾(や)む。 焉(いずく)にか諼草(けんそう)を得て、言にこれを背(きた)に樹(う)えん。願に言に伯を思い、我が心をして痗(や)ましむ。
現代語訳
「伯兮」の詩は、時世を風刺したものである。君子が兵役に出て王の先駆けを務めたまま、決められた期間を過ぎても帰らないことを言ったのである。 わが夫は雄々しく、国一番の勇士。夫は長い矛を手にとり、王の先駆けとなって出陣した。 夫が東へ出征してから、私の髪は風に舞う蓬(よもぎ)のように乱れたまま。髪油や洗い水がないわけではない、誰のために身づくろいをすればよいのか。 雨よ降れ雨よ降れと願うのに、からりと日が照りつける(待っても夫は帰らない)。ひたすら夫を思い続けて、頭が痛んでもそれを甘んじて受ける。 どこかで忘れ草を手に入れて、北の奥の庭に植えられないものか。ひたすら夫を思い続けて、私の心は病んでしまった。
解説
この章句が説くこと
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