詩経 / 国風・衛風・淇奥
《淇奧》,美武公之德也。有文章,又能聽其規諫,以禮自防,故能入相於周,美而作是詩也。 瞻彼淇奧,綠竹猗猗。有匪君子,如切如磋,如琢如磨。瑟兮僩兮,赫兮咺兮。有匪君子,終不可諼兮。 瞻彼淇奧,綠竹青青。有匪君子,充耳琇瑩,會弁如星。瑟兮僩兮,赫兮咺兮。有匪君子,終不可諼兮。 瞻彼淇奧,綠竹如簀。有匪君子,如金如錫,如圭如璧。寬兮綽兮,猗重較兮。善戲謔兮,不為虐兮。
新字:《淇奥》,美武公之徳也。有文章,又能聴其規諫,以礼自防,故能入相於周,美而作是詩也。 瞻彼淇奥,緑竹猗猗。有匪君子,如切如磋,如琢如磨。瑟兮僩兮,赫兮咺兮。有匪君子,終不可諼兮。 瞻彼淇奥,緑竹青青。有匪君子,充耳琇瑩,会弁如星。瑟兮僩兮,赫兮咺兮。有匪君子,終不可諼兮。 瞻彼淇奥,緑竹如簀。有匪君子,如金如錫,如圭如璧。寛兮綽兮,猗重較兮。善戯謔兮,不為虐兮。
書き下し
淇奥(きいく)は、武公の徳を美むるなり。文章有り、又能く其の規諫を聴き、礼を以て自ら防ぐ。故に能く入りて周に相たり。美めて是の詩を作るなり。 彼の淇奥(きいく)を瞻(み)れば、緑竹猗猗(いい)たり。匪(ひ)たる有るの君子は、切するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨するが如し。瑟(しつ)たり僩(かん)たり、赫(かく)たり咺(けん)たり。匪たる有るの君子は、終に諼(わす)るべからず。 彼の淇奥を瞻れば、緑竹青青(せいせい)たり。匪たる有るの君子は、充耳(じゅうじ)琇瑩(しゅうえい)、会弁(かいべん)星の如し。瑟たり僩たり、赫たり咺たり。匪たる有るの君子は、終に諼るべからず。 彼の淇奥を瞻れば、緑竹簀(さく)の如し。匪たる有るの君子は、金の如く錫の如く、圭(けい)の如く璧(へき)の如し。寛たり綽(しゃく)たり、重較(ちょうこう)に猗(よ)る。善く戯謔(ぎぎゃく)すれども、虐を為さず。
現代語訳
「淇奥」の詩は、衛の武公の徳をたたえたものである。武公は教養と文才があり、そのうえ臣下の諫めをよく聞き入れ、礼によって自らを戒めた。それゆえ朝廷に入って周の王を補佐する宰相となった。人々はこれをたたえてこの詩を作ったのである。 あの淇水(きすい)の入り江を見れば、緑の竹がしなやかに茂っている。教養豊かなあの君子は、骨や角を切って磨き上げるように、玉や石を打ち刻んで磨き上げるように、身を修めている。おごそかで雄々しく、輝かしく堂々としている。教養豊かなあの君子を、いつまでも忘れることはできない。 あの淇水の入り江を見れば、緑の竹が青々と茂っている。教養豊かなあの君子は、耳もとに美しい玉の耳ふさぎを垂らし、冠の縫い目の玉飾りは星のようにきらめく。おごそかで雄々しく、輝かしく堂々としている。教養豊かなあの君子を、いつまでも忘れることはできない。 あの淇水の入り江を見れば、緑の竹が簀(すのこ)のように密に茂っている。教養豊かなあの君子は、金や錫のように精錬され、圭や璧の玉のように清らかである。ゆったりとおおらかで、車の横木に身をもたせかけている。冗談もうまいが、人を傷つけることはない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荀子・大略篇人の文学に於(お)けるや、猶(なほ)玉の琢磨(たくま)に於けるがごときなり。詩に曰く、「切するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨するが如し」と。学問を謂(い)ふなり。和(か)の璧(へき)は、井里(せいり)の厥(いしころ)なり。玉人(ぎょくじん)之を琢きて、天子の宝と為る。子贛(しこう)・季路(きろ)は故(もと)鄙人(ひじん)なり。文学を被(かうむ)り、礼義を服して、天下の列士と為る。
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大学《詩》に云く、「彼の淇(き)の澳(くま)を瞻(み)れば、菉竹(りょくちく)猗猗(いい)たり。斐(ひ)たる君子有り、切するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨(ま)するが如し。瑟(しつ)たり僩(かん)たり、赫(かく)たり喧(けん)たり。斐たる君子有り、終に諠(わす)るべからず」と。「切するが如く磋するが如し」とは、学を道(い)うなり。「琢するが如く磨するが如し」とは、自ら修むるなり。「瑟たり僩たり」とは、恂慄(じゅんりつ)なり。「赫たり喧たり」とは、威儀なり。「斐たる君子有り、終に諠るべからず」とは、盛徳至善、民の忘るること能わざるを道うなり。《詩》に云く、「於戲(ああ)、前王忘れず」と。君子はその賢を賢として其の親を親とし、小人は其の楽を楽しみて其の利を利とす。此を以て世を没(お)うるまで忘れざるなり。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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