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詩経 / 国風・鄘風・相鼠

《相鼠》,刺無禮也。衛文公能正其羣臣,而刺在位承先君之化無禮儀也。 相鼠有皮,人而無儀。人而無儀,不死何為? 相鼠有齒,人而無止。人而無止,不死何俟。 相鼠有體,人而無禮。人而無禮,胡不遄死。

新字:《相鼠》,刺無礼也。衛文公能正其羣臣,而刺在位承先君之化無礼儀也。 相鼠有皮,人而無儀。人而無儀,不死何為? 相鼠有歯,人而無止。人而無止,不死何俟。 相鼠有体,人而無礼。人而無礼,胡不遄死。

書き下し

相鼠(そうそ)は、無礼を刺るなり。衛の文公能く其の群臣を正し、而して位に在りて先君の化を承け礼儀無き者を刺るなり。 鼠を相(み)るに皮有り、人にして儀無し。人にして儀無くんば、死せずして何をか為さん。 鼠を相るに歯有り、人にして止(し)無し。人にして止無くんば、死せずして何をか俟(ま)たん。 鼠を相るに体有り、人にして礼無し。人にして礼無くんば、胡(なん)ぞ遄(すみ)やかに死せざる。

現代語訳

「相鼠」の詩は、礼を欠く者を風刺したものである。衛の文公は群臣をよく正したが、なお位にありながら先君(淫乱な宣公ら)の悪い感化を受け継いで礼儀をわきまえない者がいたので、これを刺ったのである。 鼠を見よ、鼠にさえ皮がある。それなのに人でありながら威儀がない。人でありながら威儀がないのなら、死にもせずに何をしているのか。 鼠を見よ、鼠にさえ歯がある。それなのに人でありながら節度がない。人でありながら節度がないのなら、死にもせずに何を待っているのか。 鼠を見よ、鼠にさえ体がある。それなのに人でありながら礼がない。人でありながら礼がないのなら、どうしてさっさと死んでしまわないのか。

解説

鼠にさえ皮や歯や体があるのに、人でありながら威儀も節度も礼もないのなら、なぜ死なないのか、と畳みかける激しい詩である。毛詩序は、衛の文公が群臣を正したのちも、なお先君の悪い気風を引きずって礼を欠く在位者がいたので、それを刺ったものとする。鼠は人の食べ物を盗み、穴に潜む卑しいものの代表である。その鼠との比較で、人と獣を分けるものこそ礼だと言い切る。詩経の中でも際立って言葉が荒く、「胡ぞ遄やかに死せざる」は痛烈な罵りとして知られる。儒家が礼を人の人たるゆえんとしたのは、こうした素朴な感覚に根を持っている。礼儀は形式にすぎないと軽んじられがちだが、人が互いを人として扱う最低限の枠組みだと考えれば、この詩の怒りも理解できる。

この章句が説くこと

詩経礼風刺衛人と獣

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