詩経 / 国風・鄘風・桑中
《桑中》,刺奔也。衛之公室淫亂,男女相奔,至於世族在位,相竊妻妾,期於幽遠,政散民流而不可止。 爰采唐矣?沬之鄉矣。云誰之思?美孟姜矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。 爰采麥矣?沬之北矣。云誰之思?美孟弋矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。 爰采葑矣?沬之東矣。云誰之思?美孟庸矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。
新字:《桑中》,刺奔也。衛之公室淫乱,男女相奔,至於世族在位,相窃妻妾,期於幽遠,政散民流而不可止。 爰采唐矣?沬之郷矣。云誰之思?美孟姜矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。 爰采麦矣?沬之北矣。云誰之思?美孟弋矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。 爰采葑矣?沬之東矣。云誰之思?美孟庸矣。期我乎桑中,要我乎上宮,送我乎淇之上矣。
書き下し
桑中は、奔(ほん)を刺るなり。衛の公室淫乱にして、男女相奔り、世族位に在るに至るまで、相妻妾を窃(ぬす)み、幽遠に期(ちぎ)り、政散じ民流れて止むべからず。 爰(ここ)に唐(とう)を采(と)る、沬(まい)の郷なり。云(ここ)に誰をか之れ思う、美しき孟姜(もうきょう)なり。我を桑中に期し、我を上宮に要(むか)え、我を淇(き)の上に送る。 爰に麦を采る、沬の北なり。云に誰をか之れ思う、美しき孟弋(もうよく)なり。我を桑中に期し、我を上宮に要え、我を淇の上に送る。 爰に葑(ほう)を采る、沬の東なり。云に誰をか之れ思う、美しき孟庸(もうよう)なり。我を桑中に期し、我を上宮に要え、我を淇の上に送る。
現代語訳
「桑中」の詩は、男女の私通を風刺したものである。衛の公室は淫らに乱れ、男女は勝手に通じ合い、代々位にある家柄の者までもが互いに人の妻や妾を盗み、人目につかない遠い所で逢う約束をした。政治は乱れ、民は流れ散って、もはや止めようがなかった。 どこで唐(ねなしかずら)を摘むのか、沬(まい)の里でだ。誰を思っているのか、美しい姜家の長女だ。桑の林で逢おうと約束し、上宮(高殿)で私を迎え、淇水(きすい)のほとりまで送ってくれた。 どこで麦を摘むのか、沬の北でだ。誰を思っているのか、美しい弋家の長女だ。桑の林で逢おうと約束し、上宮で私を迎え、淇水のほとりまで送ってくれた。 どこで蕪(かぶら)を摘むのか、沬の東でだ。誰を思っているのか、美しい庸家の長女だ。桑の林で逢おうと約束し、上宮で私を迎え、淇水のほとりまで送ってくれた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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