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詩経 / 国風・邶風・旄丘

《旄丘》,責衛伯也。狄人迫逐黎侯,黎侯寓於衛。衛不能脩方伯連率之職,黎之臣子以責於衛也。 旄丘之葛兮,何誕之節兮?叔兮伯兮!何多日也? 何其處也?必有與也。何其久也?必有以也。 狐裘蒙戎,匪車不東。叔兮伯兮!靡所與同。 瑣兮尾兮!流離之子。叔兮伯兮!褎如充耳。

新字:《旄丘》,責衛伯也。狄人迫逐黎侯,黎侯寓於衛。衛不能脩方伯連率之職,黎之臣子以責於衛也。 旄丘之葛兮,何誕之節兮?叔兮伯兮!何多日也? 何其処也?必有与也。何其久也?必有以也。 狐裘蒙戎,匪車不東。叔兮伯兮!靡所与同。 瑣兮尾兮!流離之子。叔兮伯兮!褎如充耳。

書き下し

旄丘(ぼうきゅう)は、衛伯(えいはく)を責むるなり。狄人(てきじん)、黎侯を迫逐(はくちく)し、黎侯衛に寓す。衛、方伯連率(ほうはくれんそつ)の職を脩(おさ)むること能わず、黎の臣子以て衛を責むるなり。 旄丘の葛、何ぞ誕(ひろ)きの節(ふし)ぞ。叔よ伯よ、何ぞ日多き。 何ぞ其れ処(お)る、必ず与(とも)にするもの有らん。何ぞ其れ久しき、必ず以(ゆえ)有らん。 狐裘(こきゅう)蒙戎(もうじゅう)たり、車の東せざるに匪(あら)ず。叔よ伯よ、与に同じうする所靡(な)し。 瑣(さ)たり尾(び)たり、流離の子。叔よ伯よ、褎(ゆう)として耳を充(ふさ)ぐが如し。

現代語訳

「旄丘」の詩は、衛の君主を責めたものである。北方の狄の人々が黎の君主を追い払い、黎の君主は衛に身を寄せた。ところが衛は、諸侯の長として近隣の国々を率いる務めを果たすことができなかったので、黎の家臣たちが衛を責めたのである。 前が高く後ろの低い丘に茂る葛よ、なんとその節の間が長く伸びたことか。叔(弟君)よ、伯(兄君)よ、どうしてこんなに日数がたつのか。 どうして動かずにいるのか、きっと誰かと手を組むつもりなのだろう。どうしてこんなに長引くのか、きっと何かわけがあるのだろう。 狐の皮衣はすり切れてぼろぼろ。わたしたちの車が東へ向かわないのではない。叔よ伯よ、あなたがたには心を同じくしてくれる者がいない。 小さく、みすぼらしい、流浪の身のわれら。叔よ伯よ、あなたがたは着飾ったまま、耳をふさいで聞こうともしない。

解説

狄に国を追われて衛に身を寄せた黎の君臣が、いつまでも救援の兵を出さない衛の重臣たちを責める詩である。丘の葛の節が長く伸びるほど月日がたったのに、叔よ伯よ、なぜ助けてくれないのか、と呼びかける。第二章では、何か手を組む相手がいるのか、何か理由があるのかと、相手の事情を推し量ろうとする。しかし第三・四章になると、狐の皮衣もすり切れた流浪の身の自分たちに対し、衛の人々は着飾ったまま耳をふさいで聞こうともしない、と失望をあらわにする。毛詩序は、衛が方伯として近隣の国を助ける務めを果たさなかったことを責めた詩と読み、前の式微と対をなす詩とされる。困っている者の訴えに耳をふさぐ「褎として耳を充ぐが如し」の姿は、見て見ぬふりをする態度の古い描写として鋭い。助けを求める声に、自分は耳をふさいでいないか。そう問いかけてくる一篇である。

この章句が説くこと

詩経黎衛流浪邶風

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