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詩経 / 国風・邶風・泉水

《泉水》,衛女思歸也。嫁於諸侯,父母終,思歸寧而不得,故作是詩以自見也。 毖彼泉水,亦流于淇。有懷于衛,靡日不思。孌彼諸姬,聊與之謀。 出宿于泲,飲餞于禰。女子有行,遠父母兄弟。問我諸姑,遂及伯姊。 出宿于干,飲餞于言。載脂載舝,還車言邁。遄臻于衛,不瑕有害? 我思肥泉,茲之永歎。思須與漕,我心悠悠。駕言出遊,以寫我憂。

新字:《泉水》,衛女思帰也。嫁於諸侯,父母終,思帰寧而不得,故作是詩以自見也。 毖彼泉水,亦流于淇。有懐于衛,靡日不思。孌彼諸姫,聊与之謀。 出宿于泲,飲餞于祢。女子有行,遠父母兄弟。問我諸姑,遂及伯姊。 出宿于干,飲餞于言。載脂載舝,還車言邁。遄臻于衛,不瑕有害? 我思肥泉,茲之永嘆。思須与漕,我心悠悠。駕言出遊,以写我憂。

書き下し

泉水は、衛女、帰らんことを思うなり。諸侯に嫁ぎ、父母終わりて、帰寧せんことを思えども得ず。故に是の詩を作りて以て自ら見(あら)わすなり。 毖(ひ)たる彼の泉水、亦淇(き)に流る。衛に懐(おも)い有り、日として思わざる靡(な)し。孌(れん)たる彼の諸姫(しょき)、聊(いささ)かこれと謀らん。 出でて泲(せい)に宿り、禰(でい)に飲餞(いんせん)す。女子行くこと有り、父母兄弟に遠ざかる。我が諸姑(しょこ)に問い、遂に伯姉(はくし)に及ぶ。 出でて干(かん)に宿り、言(げん)に飲餞す。載(すなわ)ち脂(あぶら)さし載ち舝(くさび)さし、車を還して言に邁(ゆ)かん。遄(すみ)やかに衛に臻(いた)らば、瑕(なん)ぞ害有らざらん。 我肥泉(ひせん)を思い、茲(ここ)に之(これ)永く歎く。須(しゅ)と漕(そう)とを思い、我が心悠悠たり。駕して言に出で遊び、以て我が憂いを写(のぞ)かん。

現代語訳

「泉水」の詩は、衛から嫁いだ女性が故郷へ帰りたいと思ったものである。諸侯に嫁いだが、父母が亡くなったため、里帰りを願っても許されなかった。そこでこの詩を作って自らの思いを表したのである。 さらさらと流れるあの泉の水も、やがては淇水に流れ込む。衛のことが胸にあり、思わない日は一日もない。美しい一族の娘たちと、せめて相談してみよう。 嫁いで来たとき、泲の地に宿り、禰の地で送別の宴を受けた。女が嫁ぐときは、父母や兄弟から遠く離れるもの。おばたちに尋ね、姉にも尋ねてみよう。 帰るならば干の地に宿り、言の地で送別の宴を受けよう。車軸に油をさし、くさびを差して、車をめぐらせて帰ってゆこう。すみやかに衛に着くならば、何の差し障りがあろうか。 わたしは肥泉を思い、ここに長くため息をつく。須と漕の町を思い、わたしの心ははてしなく揺れる。車に馬をつけて出かけ、この憂いを晴らそう。

解説

他国に嫁いだ衛の女性が、故郷を思って帰りたいと願う詩である。泉の水でさえ淇水に流れ込むのに、わたしは衛に帰れない。嫁いだときの道のりを思い出し、帰るなら車に油をさして急いで行こうと想像し、しかし結局は叶わず、車で出かけて憂いを晴らすしかない。毛詩序によれば、この女性は父母がすでに亡くなっていたため、里帰りが許されなかった。古代の礼では、嫁いだ女性が実家へ帰寧できるのは父母が存命の間に限られるとされていたのである。朱熹『詩集伝』もおおむね同じように読む。詩の中に泲・禰・干・言・肥泉・須・漕と地名が連ねられることで、帰りたくても帰れない道のりが、心の中で何度もたどり直されていることが伝わる。礼の定めと自分の思いの間で揺れる女性の心は、決まりごとと情の折り合いという、いつの時代にもある葛藤を映している。

この章句が説くこと

詩経帰郷衛女性邶風

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