詩経 / 国風・邶風・式微
《式微》,黎侯寓於衛,其臣勸以歸也。 式微式微,胡不歸?微君之故,胡為乎中露? 式微式微,胡不歸?微君之躬,胡為乎泥中?
新字:《式微》,黎侯寓於衛,其臣勧以帰也。 式微式微,胡不帰?微君之故,胡為乎中露? 式微式微,胡不帰?微君之躬,胡為乎泥中?
書き下し
式微(しきび)は、黎侯(れいこう)衛に寓し、其の臣勧むるに帰るを以てするなり。 式(ああ)微(おとろ)えたり式微えたり、胡(なん)ぞ帰らざる。君の故に微(あら)ずんば、胡為(なんす)れぞ中露(ちゅうろ)に乎(お)らん。 式微えたり式微えたり、胡ぞ帰らざる。君の躬(み)に微ずんば、胡為れぞ泥中(でいちゅう)に乎らん。
現代語訳
「式微」の詩は、黎の国の君主が衛に身を寄せていたとき、その家臣が国へ帰るよう勧めたものである。 ああ、落ちぶれた、落ちぶれてしまった。どうして帰らないのか。わが君のためでなかったら、どうして夜露に濡れて過ごしていようか。 ああ、落ちぶれた、落ちぶれてしまった。どうして帰らないのか。わが君の御身のためでなかったら、どうして泥の中に身を置いていようか。
解説
二章だけの短い詩で、「式微式微、胡ぞ帰らざる」の呼びかけで始まる。毛詩序によれば、北方の狄に国を追われた黎の君主が衛に身を寄せていたが、衛は十分に助けてくれず、その家臣たちが、これほど落ちぶれてどうしていつまでもここにいるのか、国へ帰りましょうと勧めた詩である。家臣たちは、君のためでなければ、どうして夜露に打たれ、泥にまみれて過ごしていようか、と苦しい境遇を訴える。そこには不満とともに、それでも君を見捨てない忠誠がにじむ。のちに「式微」の語は、落ちぶれた身の嘆きや、帰郷を思う心を表す言葉として詩文に用いられ、唐の王維も「渭川田家」の詩で「悵然として式微を吟ず」と詠んだ。苦境の中で主君を支える者の声は、仕える者の誠と、帰る場所への思いを同時に伝えている。
この章句が説くこと
詩経帰郷忠誠黎邶風
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