詩経 / 国風・邶風・終風
《終風》,衛莊姜傷己也。遭州吁之暴,見侮慢而不能正也。 終風且暴,顧我則笑。謔浪笑敖,中心是悼! 終風且霾,惠然肯來?莫往莫來,悠悠我思! 終風且曀,不日有曀。寤言不寐,願言則嚏。 曀曀其陰,虺虺其雷。寤言不寐,願言則懷。
新字:《終風》,衛荘姜傷己也。遭州吁之暴,見侮慢而不能正也。 終風且暴,顧我則笑。謔浪笑敖,中心是悼! 終風且霾,恵然肯来?莫往莫来,悠悠我思! 終風且曀,不日有曀。寤言不寐,願言則嚏。 曀曀其陰,虺虺其雷。寤言不寐,願言則懐。
書き下し
終風は、衛の荘姜、己を傷むなり。州吁の暴に遭い、侮慢(ぶまん)せられて正すこと能わざるなり。 終(すで)に風ふき且つ暴(はげ)し、我を顧みて則ち笑う。謔浪(ぎゃくろう)笑敖(しょうごう)す、中心是れ悼(いた)む。 終に風ふき且つ霾(つちふ)る、恵然として肯(あえ)て来たらんか。往くこと莫く来ること莫し、悠悠たる我が思い。 終に風ふき且つ曀(くも)る、日ならずして曀る有り。寤(さ)めて言(ここ)に寐(い)ねず、願(おも)いて言に則ち嚏(くさめ)す。 曀曀(えいえい)として其れ陰(くも)り、虺虺(きき)として其れ雷す。寤めて言に寐ねず、願いて言に則ち懐(おも)う。
現代語訳
「終風」の詩は、衛の荘姜が自分の身の上を悲しんだものである。州吁の乱暴な振る舞いに遭い、侮りを受けながらも、それを正すことができなかった。 一日中風が吹き荒れる、わたしを見てはへらへらと笑う。ふざけて戯れ、なぶって笑う。心の奥で悲しみがうずく。 一日中風が吹いて土ぼこりが舞う。やさしい心で来てくれることなどあるだろうか。行き来も途絶えて、わたしの思いは果てしない。 一日中風が吹いて空が曇る、一日と晴れずにまた曇る。目が覚めたまま眠れず、思えばくしゃみが出る。 どんよりと空は曇り、ごろごろと雷が鳴る。目が覚めたまま眠れず、思えば胸がふさがる。
解説
この章句が説くこと
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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