詩経 / 国風・邶風・日月
《日月》,衛莊姜傷己也。遭州吁之難,傷己不見答於先君,以至困窮之詩也。 日居月諸!照臨下土。乃如之人兮,逝不古處。胡能有定?寧不我顧? 日居月諸!下土是冒。乃如之人兮,逝不相好。胡能有定?寧不我報? 日居月諸!出自東方。乃如之人兮,德音無良。胡能有定?俾也可忘。 日居月諸!東方自出。父兮母兮!畜我不卒。胡能有定?報我不述!
新字:《日月》,衛荘姜傷己也。遭州吁之難,傷己不見答於先君,以至困窮之詩也。 日居月諸!照臨下土。乃如之人兮,逝不古処。胡能有定?寧不我顧? 日居月諸!下土是冒。乃如之人兮,逝不相好。胡能有定?寧不我報? 日居月諸!出自東方。乃如之人兮,徳音無良。胡能有定?俾也可忘。 日居月諸!東方自出。父兮母兮!畜我不卒。胡能有定?報我不述!
書き下し
日月は、衛の荘姜、己を傷むなり。州吁(しゅうく)の難に遭い、己の先君に答えられずして、以て困窮に至るを傷むの詩なり。 日や月や、下土を照臨す。乃(すなわ)ち之(か)くの如き人、逝(ここ)に古(いにしえ)の処(ごと)くせず。胡(なん)ぞ能く定まること有らん、寧(なん)ぞ我を顧みざる。 日や月や、下土を是れ冒(おお)う。乃ち之くの如き人、逝に相好(よみ)せず。胡ぞ能く定まること有らん、寧ぞ我に報いざる。 日や月や、東方より出づ。乃ち之くの如き人、徳音良きこと無し。胡ぞ能く定まること有らん、俾(し)て忘るべからしめよ。 日や月や、東方より自(よ)り出づ。父や母や、我を畜(やしな)うこと卒(お)えず。胡ぞ能く定まること有らん、我に報ゆること述(みち)あらず。
現代語訳
「日月」の詩は、衛の荘姜が自分の身の上を悲しんだものである。州吁の起こした乱に遭い、亡き先君(荘公)に顧みられず、そのために苦しい境遇に陥ったことを悲しんだ詩である。 日よ、月よ、下界をあまねく照らしている。それなのにこの人は、昔のようにわたしと向き合ってはくれない。どうして心が定まることがあろう。なぜわたしを顧みてくれないのか。 日よ、月よ、下界を覆い照らしている。それなのにこの人は、もう互いに睦まじくはしてくれない。どうして心が定まることがあろう。なぜわたしに応えてくれないのか。 日よ、月よ、東の空から昇る。それなのにこの人は、その言葉にやさしさがない。どうして心が定まることがあろう。いっそ忘れさせてくれればよいのに。 日よ、月よ、東の空から昇ってくる。父よ、母よ、わたしを最後まで養ってはくださらなかった。どうして心が定まることがあろう。わたしへの応え方は道理に外れている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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